無題 第2部 17
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「…一人は、嫌だよな。」
ポツリと、独り言のようにヒカルがこぼした。
そう言った時の顔は、本当に寂しそうで、悲しそうで、アキラは思わず、抱き寄せて頭を撫でて
慰めてやりたいような衝動に駆られた。とは言っても実際は黙って見ていただけなのだけれど。
普段、やんちゃで明るくて元気なだけに、余計にその表情のギャップに驚いたのかもしれない。
心配されてたのはこっちなのに、なんだか変だな、とアキラは思った。
だがすぐにヒカルはその沈んだ空気を断ち切って、明るく言った。
「それじゃ…あのさ、今日、和谷んちで鍋やるって言うんだ。塔矢も来ないか?」
「和谷…?」
「オマエ、和谷の事も覚えてねーの?オレの同期でさ、アイツ一人暮らししてるから、今日は
井角さんとかみんなで鍋やろう、って行ってたんだ。塔矢んちも誰もいないんなら、ちょうど
よかったよな。来るだろ?」
和谷と言うのは彼の事か、と思う。よく進藤と一緒にいる少年。だが彼は、自分が来る事を
喜ばないのではないか、そんな気がする。
そんなアキラの懸念に気付きもせず、ヒカルは見覚えのある少年の方へ駈けていった。
心の中の重苦しいものをもてあましながらも、そんなヒカルの元気いっぱいの様子を見ると
少しだけ、気分が軽くなるような気がした。
まるで、子犬みたいだ。可愛いな、とアキラは思った。
進藤はまるで、いつも元気にあちこち駆け回り、嬉しい時は思い切りしっぽを振って喜ぶ、そんな
子犬みたいで、そうしているのが一番彼らしい、とアキラは思う。
素直で明るくて屈託がない、その少年らしさはきっと自分には無い物だ。
だからアイツは誰にでも好かれるんだろうな、とアキラは思った。プロ棋士を始めとする囲碁界
の関係者も、最初は「しょうがないヤツだな」と言いながら、結局は誰もが彼を可愛がってる。
アキラは、そんなヒカルが少し羨ましいと感じた。
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