Trick or Treat! 17 - 18


(17)
「・・・かなり、甘くなっちゃったかなぁ」
鍋の中身を小皿に取って味見をし、上唇についた分をアキラはちろりと舐めた。
「甘いのか」
「ええ。チーズでも、入れてみようかな・・・」
「料理の話じゃない」
「え?」
アキラは怪訝な顔をしたが、緒方が笑みを含んで唇を指してやると
呆れたように肩を竦めてくるりと鍋のほうに向き直った。
「おいおい」
「今は、今日美味しいお夕飯が食べられるかどうかの瀬戸際なんです。
邪魔をするなら向こうへ行っててください」
「・・・・・・」
緒方は黙って手を後ろに組み、所在無げにアキラの横に立った。
アキラは無視してチーズを探し始める。
「・・・ここだ」
「・・・ありがとうございます」
軽く頭を下げて黄色い塊を両手で受け取ったアキラに、ふと思いついて聞いた。
「アキラくん。・・・オレたちが初めてキスしたのは、いつだったかな?」

アキラは「は?」というような顔で緒方を見ると、すぐにチーズの包装を開け
ナイフとカッティングボードを並べながら、
「ボクが中3の冬ですよ」
と答えた。


(18)
「・・・いつだって?」
「中3の冬です。緒方さん、憶えてらっしゃらないんですね」
アキラは緒方を見ないまま、チーズにぐっとナイフを突き立てた。
「そんなに後だったかな。もっと、早かったんじゃないか」
「いいえ、あれが初めてですよ。ボクとセックスするようになっても、緒方さん、
長いことキスはしてくださらなかったじゃありませんか」
アキラの声が強張り始める。チーズの大きな塊が音を立てて本体から切り離された。

「・・・・・・」
忘れているのはどっちだと思う。
確かにあの時アキラはまだ子供だった。「お化け」のアキラにとってあのキスは、
従わない者を懲らしめるための単なる悪戯だった。
だからアキラが憶えていなくても仕方がないと頭では思う。
だが、だからと言ってこんな責めるような口調をされるのは心外だった。
――あの時オレがどれだけ驚いたと思ってる?
「おい」
「あの時期、どういうおつもりでボクとセックスなんかしてらしたんですか?
キスしなかったのは、セックスだけで、キスしてやる必要なんてない相手だった
からですか?ボクがあの時期、どれだけ――」
何か甦ってきたらしく、アキラは声を詰まらせ眉間に力を込めて口を噤んでしまった。

鍋がグツグツ言う音と共に重苦しい沈黙が流れる。
アキラを抱くようになってからも暫くの間、唇へのキスを避けていたのは事実だった。
その行動がアキラにとっては不安を呼び起こすものであったらしい。
だが緒方としても別に、したくないとかしてやる必要がないとかいう考えで
キスを避けていたわけではないのだ。



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