誘惑 第三部 17 - 18


(17)
もどかしげに震えるアキラの手から鍵が滑り落ちる。金属音を立てて転がり落ちた鍵をヒカルが追う。
そっと拾い上げたその鍵を、ヒカルは不思議なものでも見るように見つめた。
「進藤…?」
「…いい?」
何が?と問う前に、ヒカルが拾い上げた鍵を鍵穴に差し込み、何の苦もなく吸い込まれた鍵を回す。
かちり、と鍵の外れる音がした。
ドアノブを回し戸を開け、乱暴に靴を脱いで部屋に上がる。ヒカルはそのまま真っ直ぐに奥へ向かった。
戸惑いながらアキラがその後を追う。
「進藤…!」
アキラが後ろからヒカルを抱きしめた。
背中にアキラの体温を感じながら、ヒカルはしばらくぶりのこの部屋を見回し、そして天上を見上げる。
仰のいて閉じた目の端から涙が流れ落ちた。
「ごめん、塔矢、ごめん…」
そう言いながらヒカルは身体に回された腕を乱暴に解き、向き直ってアキラを強く抱きしめた。
こんな部屋におまえを一人にしておいて。もう会わないなんて言っちゃって、会いにくるななんて言っ
ちゃって、ごめん。ごめん、塔矢。
「しんどう…」
耳にかかる息が熱い。摺り寄せた頬で涙が混ざり合う。唇を合わせると、涙の味がする。


(18)
もう、言葉なんて要らない。
ヒカルの手がアキラのスーツの上着を腕から落とし、ネクタイを解き、ワイシャツのボタンを外していく。
その間に、アキラの手がヒカルのTシャツをたくし上げ、頭から引き抜こうとする。
ベルトの金具を外しジッパーを下ろすと、アキラの着ていたスラックスがそのまま床に落ちる。ヒカルの
ジーンズは足に絡まる。アキラはヒカルを抱き寄せてベッドに倒れこみながら、ヒカルの下着に手をかけ
てジーンズごと引き下ろすと、ヒカルの手がアキラの下着を下ろしながら片足に残ったジーンズと下着
を蹴り飛ばした。
そうして全てを脱ぎ去った二人は、隔てるものが何もなくなった素肌の感触を確かめるように抱き合う。
が、ヒカルは、その抱きしめた身体の細さにショックを受けた。
服を着ていた時よりもはっきりとわかるアキラの身体は、腕に残る記憶よりも、全部が一回りずつ小さい
ような気がした。
肩の薄さが、手にあたるゴツゴツした骨の感触が、痛々しかった。
少し力を入れたらそのままぽっきり折れてしまうんじゃないかと思うくらいだった。
ヒカルは振り切るようにアキラの肩を掴んで身体を引き離した。
「ダメだ。今日はやめよう。」



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