金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 17 - 18


(17)
 「塔矢、いっつも怒ってばっかだよな…」
「キミが怒らせるようなことばかりするからだろう…」
ヒカルの方を見ないように意識した。もし、見てしまったら、怒りを持続するのが難しい気がした。
彼の甘ったるい舌足らずなしゃべり方や、くるくると変わる表情はとても愛らしく、アキラを
魅了する。そして、それを悟られまいとして、自分はワザと突き放した言い方をしてしまう。
 「塔矢…」
ヒカルが顔を覗き込んできた。大きな瞳が少し揺らいでいるように見える。
「………ゴメン…」
アキラは返事をしなかった。怒りよりも驚愕からだった。ヒカルがあまりに素直なので、
どう反応していいのかわからなくなったのだ。いつもこれくらい素直だと、アキラも対処しやすい。
だが、ヒカルは、そんな自分をからかうように、好き勝手に振る舞うのだ。
 無言でムッと前を見ているアキラを見て、ヒカルは悲しそうにして、目を伏せた。
そして、アキラの側を離れると、そのまま車両の真ん中あたりへ移動してしまった。


(18)
 「あ…」
アキラはヒカルを追おうとしたが、ちょうどその時電車が止まり、乗客に押されるまま
ヒカルと反対の方へと流されてしまった。
 アキラはヒカルが気になって、チラチラと何度もヒカルの方へ視線をやった。すっかり
満員になってしまった車両の中では身動き一つままならない。
 他の乗客達に埋もれるように立っているヒカルの表情は、よく見えなかった。
『もう、なんで離れていくんだ。ガードしろって言ったのはキミの方じゃないか…』
今のヒカルはどこから見ても可愛い女の子である。チカンにあっても不思議はないのだ。
 その時、俯いていたヒカルの頭がピクンと跳ねた。何かを避けるようにして、身体を捩らせているのが、
わかる。半泣き顔で、あたりをきょろきょろ見渡して、誰かを捜していた。
『ああ…もう、バカだな…!キミは…』
助けに行きたいが、腕も自由に上がらない。

 「進藤!どうしたんだ!?」
ヒカルに向かって大きく声をかけた。周りの乗客が、一斉に自分に注目する。恥ずかしかったが、
仕方がない。自分が恥を掻くよりも、彼を安心させることの方が重要だ。
 その声のおかげで、ヒカルもやっとアキラを見つけることが出来た。彼は、最初は大きな目を
まん丸にしていたが、ホッとしたのか暫くしてから顔を歪めて、泣き出しそうな声でアキラに訴えた。
「誰かが…スカートの中に手ぇ突っ込んで…お尻にさわってるんだよぉ…」
と、ヒカルが言った瞬間、彼の真後ろの男の身体が僅かに揺れた。その男は慌ててヒカルから
離れようとしている。
「あ…離れた…」
気の抜けたようなその声に、周りの乗客達がクスクスと忍び笑いを漏らす。ヒカルは、きょときょとと
不思議そうに周りを見渡し、それから赤くなって俯いた。
 彼らが笑ったのは、ヒカルをバカにしてのことではない。ヒカルの無防備さと素直さが
とても可愛らしく映ったからだ。実際、自分も当事者でなければ、一緒になって笑っていただろう。
本当に可愛いものを見たと…。



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