パッチワーク 17 - 18
(17)
部屋に戻り玄関のドアを開けると母が待っていた。
母は何かを言おうとしたが森下先生の様子を見るとショックを受けたのがわかった。
「明ちゃん、ひさしぶりだね。」
「行洋は部屋におりますのでご案内します。」
母の言葉が震えている。
僕は台所へ行き、お茶を入れると父の部屋へ運んだ。途中居間で母とすれ違った。
居間へ戻ると母が自分と僕のお茶を入れてくれていた。
ぼくは疲れを感じ少し横になることにし、お茶を持ち自室へ下がった。
母は窓から見える箱根の緑をぼんやりと見ていた。
隣の父の部屋からは二人の会話が漏れてくる。
「行洋、また中国に戻るのか。」
「明子に何を頼まれたんですか。」
ゾッとするほど冷たい声であった。
「また倒れたらどうするんだ。」
「もし、私が死んだとしても。あなたの望み通りでしょう。」
「私は最後まで碁を打っていたい。何を心配しているんですか。」
こんな父の声を聞くのは初めてだ。感情を殺したようなこんな声を。
「行洋」
「あのとき、私は碁ではなくあなたを選びたかった。」
「でも、あなたは私に選ばせてもくれなかった。」
「俺は」
「あなたが私より私の碁を選んだんですよ。」
「なのに、今度は私の碁より私を心配するんですか。」
父の声はまるで泣いているようにも聞こえた。
(18)
「最後に二人だけであったときあなたは私の碁が好きだと言ってくれた。」
「あなたとつながっているのは碁だけだから、私は碁が捨てられなかった。」
「いつも私は待っていた。でもあなたはリーグに上がる一戦になると凡ミスを重ね負けてしまう。
まるで、リーグ入りを、私を拒むように。」
「私はリーグであなたを待つのをやめた。あの時あなたが私に会いに来てくれてうれしかった。
でも、あなたが来たのは私が碁を捨てていないのを確認するためだった。」
「二人でいるところを鈴木さんに見られた後、あなたは私に心配するなと言いながら会ってはくれず、
でも頻繁に鈴木さんにあっていた。わたしは鈴木さんにあなたを取られると思っていた。そして
あなたは佐藤さんの妹と結婚して、私を捨てた。」
「鈴木さんが心配していたのは佐藤さんのことだ。自分の奥さんの弟だから。」
「佐藤さんがおまえに執着して当時の俺の隣の部屋を借りておまえが俺の部屋に来ると部屋の様子を
録音するように興信所に頼んでいた、おまえの尾行も。」
「テープや写真を棋院に送って、俺とおまえを除名させて。」
「そして、おまえに近づいて心中しようとしていた。自分以外の者がおまえのそばにいるのが許せない。
そういって」
「鈴木さんがそれを知って説得してくれた。だが、佐藤さんは条件を出してきた。」
「俺がおまえから離れること。それを確実にするために自分の妹と結婚すること。」
「妻は何も知らない。」
父が声を上げて泣いている。
それを慰めている森下先生の声。
「いいか、俺に会いたかったらいつでも呼び出せばいいんだ。」
いつの間にか寝てしまったらしい、森下先生の帰られる気配で目が覚めた。
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