落日 17 - 20


(17)
この目がいけない。
虚ろで、どこか寂しげで、庇護者を求めるような、それでいて、ひとの心の奥底に潜む暗い情欲を
呼び覚ますような眼差し。
そのような目で俺を見るな。俺を惑わすな。
「あっ、やだっ…!」
身体をうつ伏せに倒し、手近にあった紐で両の腕をまず後ろ手に縛り上げる。
それから引き裂いた衣の切れ端で彼の目を覆い、頭の後ろで縛る。
これでよい。
これで、あの眼差しが自分を惑わせる事はない。
満足げな笑みを浮かべて、捕らえた魔物の背を見下ろしながら、白い肌へ手を滑らす。
片手で胸元を弄りながらもう片方の手で幼い性を擦り上げてやると、彼は悲鳴のような泣き声を
漏らしながらも、その手に反応して未熟なそれはゆるゆると勃ち上がる。
その様子に、それ見たことか、と嘲りの笑みを浮かべながら、彼の後ろに己の欲望を押し付けて
やると、びくりと彼の身体が強張る。
「あっ…!」
両手で腰を押さえつけ強引に押し進むと、細い身体は受け入れる痛みに四肢を突っ張らせる。
奥歯を噛み締めて悲鳴を堪え、カタカタと小さく震えながら懸命に身体を支えている仔鹿のような
背をせせら笑いながら、乱暴に引き抜きかけ、次いで更に奥まで突き入れると、耐え切れずに高
い悲鳴が上がり、細い腕はもはや身体を支えることができずくず折れる。


(18)
容赦など要らぬ。
甘い顔を見せてやれば、これはまた何も知らぬげな顔をして、誰とも問わず彼を目にする男を
残らず誘惑するのだ。だからこれは正義だ。ヒトを闇に、暗い情欲に引きずり込む魔は調伏せ
ねばならぬ。
「イヤ…イヤだ……や、…あ、あぁ……っ!」
懇願する声など聞き入れず、むしろその声を楽しむように乱暴に抜き差しし、更に内部を抉る
ように動かすと、拒み続ける声は次第に愉悦を含んだものに変わり、その媚態が更に怒りを
増幅させる。前に手をやると萎えていた筈のものはまた勃ち上がり、蜜を溢している。
この淫魔め。
誰彼構わず男を咥えこみ、快楽の淵に引きずり込もうというのか。
だが俺は飲み込まれたりしない。
そのように淫らに喘いでみせても、俺は誘惑などされない。
繋がったまま強引に体勢を入れ替え仰向けに転がすと、痛みに少年が泣き叫ぶ。
萎えかけた陰茎をぎゅっと握りつぶしてやるとヒイィッと高い悲鳴が上がる。
それなのにゆっくりと抜き差しを開始すると、悲鳴はまた喘ぎ声に変わり、彼のものもまた勃ち
上がって淫らな涙を溢す。
「あ……あ、…あぁ、」
快楽に咽び泣く声が男の情欲を煽り、動きを加速させ、荒々しい動きの果てに、ついに少年の
最奥に怒りに満ちた欲望を吐き出し、同時に彼も震えながら白い精を腹の上に撒き散らす。
荒い息に胸を上下させ、半開きの赤い唇からは涎が零れている。白い身体はまだらに紅く染まり、
身体から、吐息から、男を惑わせるような甘い香りが強く薫る。麝香にも似たその香りに幻惑され
て、彼の内部で男のものがどくっと脈打ち、膨れ上がる。
身体の内部に感じる変化から身を捩って逃げようとする細い身体を逃すまいと掴まえる。
「お願い…もう、許して……」
啜り泣きながら許しを請う声は、更に嗜虐心をそそるものでしかなく、残忍な笑みが顔に浮かぶ。
手に落ちた獲物の顎を捉え、こちらを向かせる。白い布で視界を覆われた小さな顔が、怯えたよう
に頭を振る。流れ出る涙が目隠しの布を濡らしている。
顎を掴む手に更に力を込めると、彼の顔が痛みに歪み、彼は耐え切れずに小さく言葉をこぼす。
「ゆるして、伊角さん…」


(19)
はっと我に返って、伊角は頭を振った。
今、自分は何を考えていた?
耳元で心臓の音が激しく響く。背を冷たい汗が流れ落ちる。息が苦しい。
彼の声が、頭の奥でこだまする。
「許して…伊角さん……」
違う、なぜ、なぜ彼が自分に許しを請うのだ。
そんな事はない!そんな筈はない!!
違う。
あれは俺じゃない。彼をあのようにしたいなどと思った事などない。
彼を傷つけたいなどと、傷付いた彼を更に痛めつけたいなどと、思った事などない。
違う。
彼を憎んでなどいない。
愛しているんだ。守ってやりたいんだ。
俺は、彼を守りたいんだ。
彼がこれ以上傷つく事のないように、彼を脅かす全てから、守ってやりたいんだ。


(20)
目を落とすと、ヒカルが掛け布にくるまってすうすうと寝息を立てている。
震える手を伸ばしてそっと髪を梳くと、
「んん……」
と、小さな声を漏らして、布をきゅっと握り締めて横向きに丸くなった。頑是無い無垢な幼子の
ようなその仕草に、胸が痛む。
絶対に違う。あのような夢に、白昼夢に、何の意味もない。あれは俺の願望などではない。
俺はおまえを傷つけたりしない。絶対にそんな事はしない。
おまえは俺が守るから、守ってやるから、だから。
彼の顔を見つめているうちに、ぽたりとしずくが一粒、彼の頬に落ちた。
慌てて覗き込んでいた顔を離し、目元を拭う。
そして、ぶるりと肌寒さに身を震わせた。
夜闇が迫っている。秋の夜はそろそろ薄ら寒い。火桶に火をもらってこようと伊角が部屋を出よう
とした時、足が何かを蹴転がした。
「あ……」
それは和谷の持ってきた手籠だった。
布からこぼれたかけらを拾い上げて、薄闇の中で目元に近づけ、くん、と匂いをかぐ。
糖蜜の塊――いや、これは違う。
六角の格子のそのかけらを口に含むと、しゃり、と口の中でこぼれ、馥郁たる花の香りと蜜の味
が口内に広がった。
甘い。この珍しい糖菓子をどのような苦労をして手に入れ、そしてどのような弾む気持ちでここに
持ってきたのか。彼の気持ちが手にとるようにわかる気がした。
そして彼が何を目にして、そして去って行ったのか。
彼の心を思うと、まるで己の事のように胸が痛む。
けれど。
それでも譲れない事はある。
譲りはしない。



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