平安幻想異聞録-異聞- 173


(173)
「そのような、言葉。私が信じるとでも」
「あれは、儂のものじゃ」
「近衛ヒカルの身は近衛ヒカル自身のもの以外にはなりえません」
「ふん。たかだか市井の碁打ちでしかない者が、藤原の名を冠しているという
 だけで、帝の御前に上がり、あまつさえ、この儂にそのように偉そうな
 口をきくとはな。まあ、よい。そんなにもあの検非違使の身を物憂いていると
 いうのなら、あの者を手放してもかまわん。が、なにぶん、毎夜の褥が寂しく
 なるのでのう。そうじゃな、かわりに、そなたが閨に侍るというのなら考えて
 やってもよいわい。そなたほどの美貌の者が相手なら、あの検非違使に負けず
 劣らず、楽しい夜が過ごせそうじゃ」
挑発する座間の物言いに、佐為は一歩も引くことなく答えて見せた。
「よいでしょう。この身のひとつ、自由にして気が済むというのなら、今夜にでも
 貴殿の元にまいりましょう。だが、そのかわり、ヒカルの身の上はすぐにでも
 近衛の家にお帰し下さると、お約束くれましょうな」
言葉の内容とは裏腹に、それを真に受けて閨に引き込もうものなら、そのまま
のど笛を噛み千切られるのではないかという佐為の眼光の凄烈さに、さしも
の座間も言葉を失った――その時だった。
「帝のおわすこの清涼殿の入り口で、いったい何の騒ぎであるか?」
現れたのは、今、内裏で帝についで絶大な発言力を誇ると言われる人。藤原行洋であった。



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