平安幻想異聞録-異聞- 175


(175)
「あの近衛と言う者の人事に際して、ある公卿から衛門府の官人へ、金が流れた
 とか流れないとか」
座間と行洋が睨みあった。
「検非違使はその務めの性質上、立場の中立が原則。それをそのように金を使って
 動かし、思うように自分の警護役をさだめるなど、たとえどのような大貴族でも
 許されぬ行い。今日明日にでもその官人を問いただそうと思っているのですが、
 これに本当に名のある公卿が関わっているとなれば、大変な騒ぎになりますな」
張りつめた雰囲気の中、かすかに聞こえた歯ぎしりの音は、座間のものか。
歯ぎしりの間から、座間の低い声が漏れる。
「行洋殿、貴公も知っておろう。衛門府の小役人など、金や位階の一つで、
 舌を何枚にも使い分けるもの……、貴公の方こそ、官人に金を握らせて、儂に
 不利な証言を引き出そうとするような真似はくれぐれもなさらぬよう、願いたい
 ものですな」
「いえ、しかし、近衛ヒカルの任官に関する不正の噂はわたしも聞き及んでおります」
突然に割り込んだ四人目の男の声に、皆がそちらを向いた。
「伊角殿」
意外な人物の姿に、つぶやくようにその名を口にしたのは藤原行洋。その伊角の姿を
認めた座間の顔が苦々しげに歪んだ。
「わたしのような若輩者が、このような場に口をはさみ、申し訳ありません」
「いや、いっこうにかまわぬが。噂とな…?」
藤原行洋が面白そうに、若者の顔を見た。
「いいえ、まだ公正なる評定の前。件の官人の正式な尋問もこれからとのこと。
 ここで私のようなものが、根拠もない風聞の内容を軽々しく口にする事は
 いたしますまい。が、座間殿…」
伊角が、体ごと座間の方に向き直る。
「確かに、近衛の任官の件はまだ証拠もない噂事…しかし、私自身がこの目で
 確かめた他の事実もございます」



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