平安幻想異聞録-異聞- 178
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宜陽殿のいつもの書庫で軽い仮眠をとった後、ヒカルは座間達の近従の控える
部屋へ戻るために廊下へ出た。今日はいつもに比べて体が軽い。
それはきっと、昨日の相手が伊角だったからだろう。
伊角はまるで壊れ物でも扱うように、丁寧に自分を抱きしめてくれた。
見知った顔だということで、ヒカルの体の緊張もいつも程でなく、素直に
身を任せられた。
それでも伊角には悪いことをしたと思う。彼にそういう趣味があるなんて
露程も聞いた事がなかったし、もしかしたら、ちゃんとした恋人だっていたのでは
ないだろうか。
(それに俺、次に伊角さんに会ったとき、どんな顔して話せばいいんだよ)
あんな、遊女みたいに褥に誘って、自分から進んで彼の広い背中に手を回した。
最中には足を開いて、快感を逃がすまいと彼の腰を膝ではさんで締めつける
事までした。
思い出しただけで、顔が赤くなるのがわかる。
嫌ってはいないと言ってくれたけど、少なくとも軽蔑はされたんじゃ
ないだろうか。
ヒカルは、じっと自分の右手を見た。
自分の手は、武官として太刀を持つための手だ。なのに、この十日ばかりは
剣を持つどころか、自分や他人の精液にまみれていることの方が多い気がする。
そう考えただけで、事の後で部屋に充満する淫液の独特の生臭い匂いが
思い出されて気が滅入った。
正直言って、夜を迎えるのが怖い。最初こそ、そんな風に思うこと自体を
恥ずかしく思っていたが、今はそんな小さな矜恃も凌駕するほど、その
恐れは心に広がっていた。
今夜はいったい、何をされるのだろうと、そればかり考えてしまう。
そして、自分は今夜も、男子としての誇りや尊厳やそんなものも全て心から
はぎ取られて、誰か男の腕の中で泣きむせぶことになるんだろうか。
何より、それを受け入れつつある自分の体が恐ろしい。
「なーに、暗い顔してんだよ」
後ろから、扇でコツンと頭をはたかれた。
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