平安幻想異聞録-異聞- 179
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振り返ると加賀がいた。
「うん、ちょっと…」
「右手がどうかしたか? おまえ、剣の練習はちゃんとしてんだろうな」
「今、加賀と打ちあったら絶対負ける。筒井さんとでも危ないかも」
「おいおい」
呆れた顔で何か言おうとした加賀だったが、沈んだままのヒカルの顔を見ると
話題を変えた。
「あぁ、おまえが知りたいって言ってた、今日の朝議の話、聞いてきてやったぜ」
「ホント!?」
「空きが出た出羽の国司の任官の話だったんだが、座間派の推した奴が敗れて、
よくわかんないどっかの貧乏貴族がその座を手に入れた。推したのはほら、
なんて言ったっけ、お前の知り合いの貴族の…伊角か、そいつだってさ」
「やっぱりねー」
だいたい予想はついていた。昨晩の伊角の言動からだけではない。朝議の後の
座間の機嫌がえらく悪かったことからも想像がついた。実を言うと、いつもなら
とっくに座間邸に帰っているこの時間、まだヒカルがこの場所にいるのもそのためだ。
朝議の後、一度は帰りかけた座間だったのだが、議事が思い通りに運ばなかった
憂さを、後宮務めの女官達にちょっかいを出すことではらそうと、清涼殿のむこうの
弘徽殿に行ってしまったのだ。おかげで、いつもより余計に仮眠がとれたけれど。
「出羽の国には蝦夷がいる。座間の息のかかったやつが、他の国とおなじように
厳しい税をとりたてて私服を肥やそうなんてすれば、反乱は必至だ。まぁ、
正解の人事だろうな。……なんだよ、嬉しそうだな」
「へへっ、ちょっとね」
「しょうがねぇ、ついでにもう少しお前を嬉しがらせてやるよ」
「へ?」
「さっき、そこで会ってさ、お前に会いたいから、まだお前がここにいるようなら
引き止めておいてくれって頼まれたんだ。お、来た来た」
ヒカルは、加賀が視線を運ぶ先を見た。
渡り廊下の向こうから、ヒカルめがけて、華麗な十二単衣の裾を乱して走ってくるのは、
幼なじみのあかりだった。
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