指話 18
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別人のように。…そう。saiは進藤の中に棲む限り無く別人に近いもう一人の進藤と
いうのが自分が出した結論だ。やはり彼もそこに行き着いた。
―進藤がsaiに成り変わる瞬間を見るような思いだったよ。…今まで
まんまと一杯食わされていた。
対局の結果は聞かなくとも予想がついた。クールに冷静に話をする彼が、
今ははっきりと何かに苛立ちそれを隠そうとしていなかった。
―君は気付いていたんだな…。
否定しなかったことが返事になった。その人は自嘲するように小さく笑い声をあげた。
―やはりそうなのか。オレももっと早く気付くべきだったな。やはり直接打ってみないと
わからないものだが。
―…他の人が見ている前で打ったのですか?
思わずそう尋ねてしまった。アッハッハッハッと、彼は声を上げて笑った。
―たとえ遊びでもタイトルホルダーが初段者に負けるところを人に見られちゃまずい…か。
幸運にも、オレの部屋で打ったのでね。芦原も居たがあいつはグーグー寝ていたよ。
そう言って再び酒のグラスを手に取る。
―タイトルホルダーとして向かえるどころか、あいつと、他のタイトルを争う事に
なりかねんと思った。そう考えたら…正直背筋がゾッとしたよ。…あれ以来、どんなに酒を
飲んでも酔えん…。…情けない話だな。
今まで決して人には、特にボクには弱さを見せないと思っていたあの人が、
こんなに無防備に本音を語っている姿が、…ボクにはまるで、
難破しかかっている船に見えた。ボクは静かにソファーから立ち上がった。
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