平安幻想秘聞録・第三章 18


(18)
「光の君も碁を嗜まわれるのかな?」
 そう東宮に声をかけられ、惚けていたヒカルは慌てて畳に手をつき、
身を屈めた。急に平安の世では自分と相手の間には月とすっぽんほどの
身分の開きがあることを思い出したからだ。
「あっ、ごめんなさ・・・じゃない!失礼致しました」
 ここで佐為と、今は名を借りている近衛光の立場を悪くするわけには
いかない。吊りそうになる舌を何とか動かし、更に身を縮こませた。
「良い、良い」
 東宮は大して気にした様子もなく、にこやかに傍らに控えた女房に、
ヒカルにもお茶と菓子を持ってくるように告げる。ヒカルはほっとして
それを受け取り、小さく息をついた。
 指導碁が始まってしまうと、東宮は意外にも佐為からの指導に集中し、
ヒカルを特別気にかけることもなかった。おそらく使われている碁石も
いい物なのだろう、パチリと盤面に打たれるたびにいい音を立てる。
 碁を打つときの佐為の優雅な動きに見惚れる。実力的には格下の相手
に対する指導碁であっても真剣で、そしてどこか楽しそうだ。東宮は悪
い打ち手ではないらしい。
 つつがなく碁の指導が終わり、それではと佐為が退出を仄めかすと、
呆気なく許しが出た。
「では、失礼を致します」
「ご苦労であった」
 一礼をして立ち上がった佐為とヒカルは目を合わせ、思わず微笑んだ。
佐為の表情からも先程までの厳しさが抜けている。ヒカルの姿を間近で
見たことで東宮が満足したか熱が冷めてしまったと思ったからだ。



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