平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 18
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気付けば、ヒカルは自分の胸に体を預けてすっかり気持ちのよさそうな寝息を
立てている。
外を見やると、日が傾いて山林が美しい橙色に染まっていた。その光の一部が
庵にも差し込んでいる。
佐為は自分の腕の中で眠るヒカルの頬を愛おしげに撫でた。
ふと、自分と一緒にいてヒカルは幸せなのだろうかと思う。
ヒカルは自分と出会いさえしなければ、座間との事件に巻き込まれることもなかった。
今ごろは好きな女房のひとりもできて、普通にその女の元に通っていたのかも知れない。
しかし、例えヒカルを不幸な目に合わせても、手元に置いておきたいとさえ思って
しまう自分がいるのを佐為は知っている。
それが、自分が抱える業の深さだ。
昔から自分はものごとに執着しない子だと言われ続けてきた。興味がないものを、
自分の周りから切り捨てることに躊躇はなかった。
その代わり、碁にしてもヒカルの事に関しても、一度愛したものへの、その執着の
深さは並ではないのだ。
どこまでも突き詰め、欲し、縛りつけたくなってしまう。
佐為には母のように相手のことを思って身をひくなんてことは出来ない。
深く求め、固執してしまう。
それが相手に不幸な事だとわかっていても。二人に不幸だとわかっていても。
「お前、何また暗いこと考えてんだよ」
いつのまにか、腕の中からヒカルが眠そうなまぶたを開けて佐為を見上げていた。
「ひとりで考えてると、早く年取るぞ」
そう言って、ヒカルは少々だるそうに腕をあげて、佐為の額をこづいた。
「悩み事があるんだったら、ちゃんとオレに言えよ」
佐為はあいまいに笑った。
ごく近くで赤翡翠が鳴いた。
まるで鈴が坂道を転がり落ちていくような美しいが、不思議な声音に、ヒカルが問う。
「何、これ、鳥?」
「赤翡翠ですよ」
話をそらしたくて佐為は、ここぞとばかりに答えを返した。
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