夜風にのせて 〜惜別〜 18
(18)
十八
「亡くなった? だってひかるさんはあなたと結婚して、幸せな家庭を築いているのでは
なかったのですか?」
明は詰め寄った。だが高橋の目からいくつもの泪が流れ落ちるのを見て、怖くなった。
「自己紹介が遅くなりました。私はひかるさんの主治医である高橋と言います。本当はこ
の手紙を渡すのをやめようかと思いました。だって結婚という嘘は、あなたに心配をさせ
ないようにするためのものだったからです。ひかるさんは自分の命がもう長くはないこと
をわかっていたのでしょう。私は少しでも長く生きられるよう治療にあたったのですが…」
明は未だ信じることができず、ひかるのレコードをケースから取り出すと再生した。
穏やかなギターやピアノの音色とともにひかるの甘い歌声が鳴り響く。初めて聞いたひか
るの歌声は明を夢の世界へと誘った。ボリュームを上げて、その世界にどっぷりと浸かる。
ひかるの息を吸う音が聞こえた。ひかるがそこで確かに生きていたことを感じると、明の
泪はとめどなく流れ落ちた。
「明さん、申し訳ない。私の力不足でした。けれど悲しまないでください。ひかるさんと
来世で必ず会えます。今度こそひかるさんを幸せにしてください」
高橋はそう言うと、ひかるの手紙を拾い明の手に渡した。
「ひかるさん…、ひかるさんの声聞こえるよ。夜風にのせて届いたよ」
明は泣きながら唄に耳を傾ける。それを包み込むようにひかるの優しい声がスピーカーか
ら延々と流れ続けた。
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