金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 18 - 19
(18)
「あ…」
アキラはヒカルを追おうとしたが、ちょうどその時電車が止まり、乗客に押されるまま
ヒカルと反対の方へと流されてしまった。
アキラはヒカルが気になって、チラチラと何度もヒカルの方へ視線をやった。すっかり
満員になってしまった車両の中では身動き一つままならない。
他の乗客達に埋もれるように立っているヒカルの表情は、よく見えなかった。
『もう、なんで離れていくんだ。ガードしろって言ったのはキミの方じゃないか…』
今のヒカルはどこから見ても可愛い女の子である。チカンにあっても不思議はないのだ。
その時、俯いていたヒカルの頭がピクンと跳ねた。何かを避けるようにして、身体を捩らせているのが、
わかる。半泣き顔で、あたりをきょろきょろ見渡して、誰かを捜していた。
『ああ…もう、バカだな…!キミは…』
助けに行きたいが、腕も自由に上がらない。
「進藤!どうしたんだ!?」
ヒカルに向かって大きく声をかけた。周りの乗客が、一斉に自分に注目する。恥ずかしかったが、
仕方がない。自分が恥を掻くよりも、彼を安心させることの方が重要だ。
その声のおかげで、ヒカルもやっとアキラを見つけることが出来た。彼は、最初は大きな目を
まん丸にしていたが、ホッとしたのか暫くしてから顔を歪めて、泣き出しそうな声でアキラに訴えた。
「誰かが…スカートの中に手ぇ突っ込んで…お尻にさわってるんだよぉ…」
と、ヒカルが言った瞬間、彼の真後ろの男の身体が僅かに揺れた。その男は慌ててヒカルから
離れようとしている。
「あ…離れた…」
気の抜けたようなその声に、周りの乗客達がクスクスと忍び笑いを漏らす。ヒカルは、きょときょとと
不思議そうに周りを見渡し、それから赤くなって俯いた。
彼らが笑ったのは、ヒカルをバカにしてのことではない。ヒカルの無防備さと素直さが
とても可愛らしく映ったからだ。実際、自分も当事者でなければ、一緒になって笑っていただろう。
本当に可愛いものを見たと…。
(19)
次の駅に着いたら、ヒカルを迎えに行こう。彼が何処まで行くつもりかはわからないが、
こうなったらとことん付き合う。ヒカルの気がすむまで、ずっと一緒にいよう。アキラは、
ホームに電車が入っていくのを目の端に映しながら、ヒカルを見つめた。
ところがその肝心の相手は、ドアが開くと同時に、またもやアキラを残して飛び出して行ってしまった。
もういい加減に追いかけっこは勘弁して欲しい。必死で追い掛けるアキラの前をヒカルが
駆ける。ヒラヒラ軽いプリーツスカート。
あ、まただ―――――
こんな光景前にもあった。でも、それが何時、何処でだったのかまでは思い出せない。
ふと目を上げると、僅かだが距離が開いているように見えた。アキラはさっきみたいに
引き離されないように、考えることをやめた。
改札を抜ける直前で、ヒカルを捕らえた。捕まえたその腕を力任せに引き寄せると、彼は
簡単にくるりとまわってしまった。そして、そのままバランスを崩して、倒れかけた。
「わわ…っ!?」
慌ててヒカルの腋の下に手を差し入れて、彼を支えた。
腕に感じる彼の重みにドキリとした。こんな風に触れるのは初めてだった。掌に彼の鼓動が
伝わってくる。
ヒカルは支えている腕に身体を預けるようにして、ボンヤリとアキラを見上げていた。
まだアルコールが抜けていないのか、目元がうっすらと赤い。
そんな目で見つめられると誤解してしまう。首を振って、右手でヒカルの脇を支えながら、薄い背中に左手を回した。
『進藤って…やっぱり細い…』
頭の隅でそんな感想を抱いた。
アキラはヒカルの身体を少し持ち上げ、しゃんと立たせた。
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