敗着─交錯─ 18 - 20
(18)
「…?」
立ち止まったヒカルが声のした方向を探し、後ろを振り返った。
「わっ…!塔矢!?」
「進藤、あの、久しぶり…」
呼吸を整えながら挨拶をする。
「塔矢…おまえ、…」
驚いたようなうろたえたような進藤の表情は、何と表現していいか分からなかった。
「驚かせたことは謝る、進藤、ボクは…。キミと二人だけで話がしたくて、こんなことを…」
後が続かない。速まる心臓の音だけが胸に当てた手に伝わってくる。
「進藤、あのっ」
「ゴメン!」
急にヒカルが踵を返し駆け出した。
「進藤っ!!」
一瞬遅れてスタートを切ったが、みるみるうちに引き離されていく。
(…進藤!)
やがて後姿を見失い、追うのをあきらめ立ち止まると、肩で息をしながら考えを巡らせた。
(なぜだ…)
電信柱に寄りかかり、深呼吸をして一息ついて辺りを見回した。
「あ…」
帰り道がわからなくなっていた。
「塔矢…ごめん…」
突然の出来事に面食らい、ろくに話しもせずに逃げ出したものの、後ろめたさを感じて夕暮れの街を彷徨っていた。
(アイツはオレを追ってくれてるけど…)
真摯な自分への気持ちが痛いほど伝わった。
立ち止まって、残照に彩られた空を仰いだ。
―――とりあえず、先生の所へ行こう
緒方先生のそばに、いたかった。
(19)
暗闇の中で振り子が規則正しい音を刻んでいる。
アキラの頭は冴えていた。
進藤との再会に興奮して寝つけないでいる。
振り子が時を刻む音に、自分の心音も呼応しているようだった。
振り子の音が一瞬消えたかと思うと、一呼吸おいて
「カーン、カーン…」
鐘が鳴った。
先程の興奮はまだ冷めやらなかった。
短い時間ではあったが、進藤に会えた。
その嬉しさで布団に入ってもワクワクとした気分は続いていた。心地の良い高揚だった。
だけど――、
振り返ったその一瞬は、確かに真正面から進藤を捕らえた気がした。そして、その一瞬だけだった。
あとはずっと視線がかみ合わず、進藤が目を合わさないようにしていることに気がついた。
―――決定打だった。
もしかすると、あれは緒方がほんの冗談で言ったことではないかと、心のどこかでクモの糸のような望みを託していた。
きつく目を閉じ、握り締めた手を瞼に押しあてる。
緒方が自分と引き換えに進藤を抱いたことは、自分と進藤との間に消すことの出来ない傷痕のように横たわって二人を隔てていた。
進藤の顔を見たとき自分は、何も言えなかった。
胸が一杯になったのと、彼を責めたい気持ちで張り裂けそうだった。
どうしてあんなことをしたのだ、と。
キミはボクにとってかけがえのない存在だ。
(……ボクなんかのために、進藤―――)
寝返りを打つと、枕に深く顔を押し付けて涙を受け止めた。
「進藤…ボクは…君に…すまない―――」
(20)
暗がりの中で目が覚めた。少し寝ていたようだ。
体の上に横たわる重みを感じて、なぜかホッとした。
漏れる吐息と、時折しばたかれる睫毛が皮膚に当たってくすぐったい。
「…考え事か?」
「…うん」
ぼんやりとした声が返ってくる。
時計を見て軽く頭を突ついた。
「…?」
「服を着ろ、帰る用意をするんだ」
慎重に腕枕を外すと体を起こし、枕元に置いてあった腕時計をはめる。
「どうして…」
気分を害したと言わんばかりに体を起こすと不満げに抗議する。
「ここのところずっと外泊してる。今日は帰った方が良い」
「……」
面白くなさそうに口を尖らせ横を向いていたが、ぽてっと横に倒れるとうかがうようにこちらを見てくる。
「駄目だ、言うことを聞け。服を着てこい」
「…何でだよ」
「何でもだ」
(今日は聞き分けが悪いな…)
しばらくムクレていたが、もそもそと毛布の中に潜りこんでいき、
「――っ何してるんだ!」
モノに息が吹きかかった。
「何って…いつもしてもらってること」
慌てて腕を掴み引きずり出すと、毛布から顔だけを出して悪戯っぽい目で答える。
「しなくていい!お前はっ!」
「いいよ、遠慮しないでよ」
また潜っていこうとしたのを引きとめると遠慮がちに問いただした。
「どうしたんだ…?何かあったのか?…今日のお前、様子が変だぞ」
「…別に、何も…」
と言ったきり黙ってしまった。口を固く結び、それ以上は答えたくないようだった。
「……アキラか?」
弾かれたように顔を上げた。
(図星か…)
「…違うよ」
しばらく二人で向き合っていた。
暗がりでも分かる真っ直ぐな眼差しが愛しかった。
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