パッチワーク 18 - 20
(18)
「最後に二人だけであったときあなたは私の碁が好きだと言ってくれた。」
「あなたとつながっているのは碁だけだから、私は碁が捨てられなかった。」
「いつも私は待っていた。でもあなたはリーグに上がる一戦になると凡ミスを重ね負けてしまう。
まるで、リーグ入りを、私を拒むように。」
「私はリーグであなたを待つのをやめた。あの時あなたが私に会いに来てくれてうれしかった。
でも、あなたが来たのは私が碁を捨てていないのを確認するためだった。」
「二人でいるところを鈴木さんに見られた後、あなたは私に心配するなと言いながら会ってはくれず、
でも頻繁に鈴木さんにあっていた。わたしは鈴木さんにあなたを取られると思っていた。そして
あなたは佐藤さんの妹と結婚して、私を捨てた。」
「鈴木さんが心配していたのは佐藤さんのことだ。自分の奥さんの弟だから。」
「佐藤さんがおまえに執着して当時の俺の隣の部屋を借りておまえが俺の部屋に来ると部屋の様子を
録音するように興信所に頼んでいた、おまえの尾行も。」
「テープや写真を棋院に送って、俺とおまえを除名させて。」
「そして、おまえに近づいて心中しようとしていた。自分以外の者がおまえのそばにいるのが許せない。
そういって」
「鈴木さんがそれを知って説得してくれた。だが、佐藤さんは条件を出してきた。」
「俺がおまえから離れること。それを確実にするために自分の妹と結婚すること。」
「妻は何も知らない。」
父が声を上げて泣いている。
それを慰めている森下先生の声。
「いいか、俺に会いたかったらいつでも呼び出せばいいんだ。」
いつの間にか寝てしまったらしい、森下先生の帰られる気配で目が覚めた。
(19)
森下先生がお帰りになるとき母が変なことを言い出した。
「森下のおにいちゃま、明子はちゃんと約束を守ったでしょ。」
「だからまた強羅公園に連れていってね。」
「ああそうだね、今度は鮭と塩昆布のおにぎりを持っていこうね」
父が合点がいかないような表情をしている。
森下先生が帰られたあと父が母に尋ねた。
「さっきのは一体」
「昔、昔の初恋の人との約束ですのよ。あら、ご存じなかったんですか。」
「姉が亡くなって私が寂しがっているからって森下先生が強羅公園連れていって下さったことがあるのを
憶えてらっしゃいます?私がまだ小学生で、あの時は森下先生がお弁当を用意して下さったけれど梅干しの
おにぎりだけで、私が鮭と塩昆布がいいってわがまま言って。あのとき、私一人で冒険に出かけて、園内を
一巡りして戻ってきたらあなたと森下先生が木の陰で抱き合ってキスしているのが見えましたわ。」
「そのあとでしたわね。あなたから森下先生がご結婚なさるからもう会えないと伺ったのは。森下先生は
私の初恋の人ですから、もう会えないなんていやですもの私は森下先生のお部屋に伺ったんです」
「そうしたら、森下先生に頼まれたんです。自分はあなたのそばにいることができなくなったから
あなたを守って欲しい。どうしてもだめなときは自分を呼んで欲しいって。私の出した交換条件が
もう一度強羅公園へ連れていって欲しい でしたのよ。」
「先生がまだ憶えてくださっているとは思いませんでしたわ。」
「いえ、森下先生にはあなたとのことは何であってもとても大事なことだったから
憶えていらしたんでしょうね。」
そして母は父にお茶を入れた。
父と母が昨日までとは違ってとても穏やかであることに僕は驚いていた。
(20)
その夜、僕は自問した。
僕は森下先生が父を守ったようにヒカルを守ることができるのか。
僕は今までヒカルが僕から離れていくことをおそれていた。
ヒカルを守るためならば自分からヒカルと離れることができるのか。
そして、自分をそして自分の碁を犠牲にしてまでヒカルを守ることができるのか。
僕は答えが出せなかった。
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