平安幻想異聞録-異聞- 183 - 188


(183)
足早にこちらへと歩いてくる。
だが、その纏う空気が尋常ではない。
ここからではあの二人の表情は遠くて見えないが、ヒカルはその気配の違いを
敏感に肌で感じ取った。
「ヒカル?」
「あかり、お前、早く戻れ」
「え?」
急に真剣な面持ちになったヒカルにあかりは戸惑った様子だったが、幼なじみで
気心が知れているせいか、彼女も敏感にヒカルの緊張を感じ取った。
「やだ、どうしたの? ヒカ…」
あかりも座間と菅原の姿に気付いた。その普通ではない気配にも。
何かまずい気がする。あかりとここにいるのを見られるのは。
「お前、ここにいない方がいい」
「え……だけど」
「俺と一緒にいられるの見られたら、お前まで目をつけられるぞ」
あかりが、ヒカルの着物の袖をぎゅっとつかんで、心配そうな顔で見上げた。
その間にも、座間と菅原は肩を大きく揺らしながら、どんどんこちらに近づいて
くる。明らかに様子がいつもと違う。
「でも…」
なおもヒカルの袖をギュッとつかんで離そうとしないあかりの背を抱き寄せて、
ヒカルはその白いおでこに、ひとつ、口付けを落とした。こんな格好つけた真似、
今まで一度だってした事は無かったけれど。
あかりが驚いたように目を見開いてヒカルを見た。
「俺は平気だから。大丈夫だから」
袖を掴むあかりの指をはがす。
「行け、あかり」
たぶん、今一番好きな人間は誰かと聞かれたら、自分は迷わず佐為と答える
だろう。だけど、異性にそれを限るなら。女性の中でと聞かれたら。あかりは
ヒカルにとって、今でも一番かわいくて、一番大事な女の子だ。
真っ赤な顔をして小さく頷くと、あかりは身をひるがえし、やってきた春興殿の
方向に足早に立ち去った。


(184)
その十二単衣の裾が、渡り廊下の向こうの建物の影に隠れて見えなくなるのを
見届けて、ヒカルは振り返った。
座間と菅原はすぐそこにいた。
ここまで来れば、その目に宿った剣呑な光もはっきりわかる。顔が理由の
わからない怒気にまみれいるのも。
誰彼かまわず、噛み裂く相手を求めている獣の顔だ。
背筋を冷たいものが走った。
「儂のいない間に、どこぞの女房とお楽しみか? 気楽な身分よの、
 検非違使殿」
地鳴りのような低く掠れる声でそれだけ言うと、座間はヒカルの腕を取り、
抵抗するヒカルを引きずるように引っ張って行き、貴族達のの近従の控室近く、
使われていない空いた空間に乱暴に放り込んだ。
床にしたたかに背を叩きつけられて、ヒカルは一瞬息を詰める。
それでも何とか立ち上がろうとしたヒカルだが、すぐに今度は投げつける
ようにして突き飛ばされ、中柱に肩を強く打ち付け、その場に崩れるように座り
込んで、痛みに喘いだ。
中柱の根元に肩を押さえてうずくまるヒカルに座間が近づき、それをそのまま
荒々しく引き倒し、四肢を押さえつける。
自分の上にのしかかる男のその顔に、怒気と共にはっきりとした情欲の色が
浮かんでいるのをヒカルは見た。


(185)
目の端に、巻き上がっていた部屋の御簾を降ろす菅原の姿を捕らえる。
ヒカルはゾッとした。冗談じゃない。こんなところで? 内裏では――
一度だけ、その場の雰囲気に飲まれて佐為としてしまった事があったが、
その時は、佐為はわざわざ人通りの少ない、静かな一角へ連れて行ってくれた。
だが、ここは違う。出仕する大貴族達の従卒たちが控える部屋のすぐ近く。
いつ誰が通りかかるとも、覗きこむとも知れない。
ヒカルは座間の手を振りほどこうともがいた。
体をねじって抗えば、その肩を押さえようと座間が押さえ込んでいた手首を離す。
その隙にヒカルはその解放された片腕で、覆いかぶさる座間の顔を押し戻そうとした。
そのまま大きな体の下から抜け出そうとしたヒカルの足首を、座間の武骨な手が
捕らえた。
骨が折れんばかりに強く握られてヒカルが顔をしかめる。
「今更、何を嫌がっておるのだ」
憤怒の表情に獣の欲をまぜこんだ座間の表情は、いつもの何倍も恐ろしかった。
鬼というものを実際に目にしたらこんな顔に違いない。
ヒカルは、捕らえられていない方の足で座間を蹴って引きはなそうとする。
それで座間の太もものあたりを蹴り付けることには成功したが、何回目かに、
座間に絶妙の呼吸で動きを捕らえられて、その股の間に足をぎっちりと挟ま
れてしまった。
押しても引いても動かない。
片方の足を座間の手で押さえつけられ、もう片方の足は、座間の太ももの間で
締め付けられてピクリともしない。上半身が自由でも、これでは逃げようがない。
それでも、ヒカルは必死に上半身をよじって暴れた。
座間が力ずくで、暴れる足を押さえて自分の方に引き寄せようとするのを、ヒカルは
頭の横の中柱に手をのばして捉まって、体を支え、抗う。
しびれをきらしたらしい座間が、足首を掴んでいない方の手をヒカルの腰にのばした。
ヒカルの顔が強ばった。座間が手を伸ばした先にあるのは太刀だった。
座間邸では刃をつぶした太刀しか与えられていないヒカルも、内裏に警護役とし
て出仕する時には、まがりなりにも真剣を持たされている。
そのヒカルの腰の太刀を座間はすらりと引き抜いたのだ。


(186)
ガツンッ
鋭い音をさせて、まじかの床板に刃が深々と刺さる。
ヒカルの首はちょうど、中柱と床に斜めに突き立てられた太刀との隙間に挟まる
形になってしまった。
刃はヒカルの方を向いている。
下手に動けば、首が切れる。
目の下に鋭利に光る白刃にさすがにヒカルも息を詰め、抗う動きを止めた。
「ようやっと、おとなしくなったか」
座間はヒカルの狩衣の襟元に手をかけると、それを下に着込んだ単衣ごと、
一気に引き剥いた。ヒカルの首から鎖骨、胸までがあらわになる。その胸の上には、
一昨日の夜、三人の公卿達が玩び嬲り回した名残の鬱血の花びらが、今もハラハラと
散っていた。そこに両手を伸ばし、座間はまるで女の胸にそうするように荒々し
く揉みしだく。
「…いやだ……っ」
そのまま、その手はヒカルの指貫の腰帯に延びた。
嫌ってよじる腰の動きを、座間が力で封じる。
腰帯をほどかれる。
「こんな所で…!」
「こんな所だから興が深いのであろうが」
すれすれに太刀を突き立てられたヒカルの首に、座間の生臭い息がかかった。
見れば、座間が自分の着物の前をはだけて、自分の陽物を取りだす所だった。
大きな、赤黒いナマズのような形をしたそれは、すでに反り返って、尖端から涎
を垂らしてぬめっていた。
座間はヒカルの腰を持ち上げ、指貫の布地をかき分けると、ほとんど前戯もなしに
その湿った頭部をヒカルの後ろの門に当て、抗う間もなく、グイと中に押し入った。


(187)
「アッ!…ぐっっ……」
硬く閉じたままの秘門を強引に破られ、一気に奥まで蹂躙されて、ヒカルが
苦悶の声をあげた。
ナマズの頭のように太くこんもりと膨らんだ冠部、濡れた棹の部分。それはだが、
中に入れば、まだ炎のくすぶる松明の燃えさしをそのまま突っ込まれたようだった。
すぐに、座間は乱暴に抜き差しをはじめた。怒りにまかせて、滅茶苦茶にヒカルを
突き上げる。
「う…ゥ……ウグ……あっく……っ、ふ、くっ……あぁっ!」
犯される側のことなど端から念頭にない、激しいだけの律動だったが、それでも
間々として、その硬い玉冠が偶然に内壁のいい所にあたり、ヒカルはその都度に
悲鳴を上げさせられる。
「あぁぁっ!……はっ…くっくっ………やっ、ぁぁぁっ… く……」
「もっと啼け、もっと啼かぬか」
「くぅん…うっく……んっ、んっ、んんっ」
のど元に太刀の刃をつきつけられたままのヒカルは、それでも必死に上半身を
強ばらせて、刃に触れて喉が切れるのを防ごうとしていた。
「このお前の顔を佐為の奴にも、見せてやりたいわ!儂がお前をどう
 扱っているか知っただけで、あの美しい顔があれほどに荒ぶるのだ。
 儂の下でこうして苦しむお前を目の前に見たら、さて、どうなることかのう?」
座間の言葉にヒカルの心が凍った。
「…佐為に、佐為に言ったのか……っっ!?」


(188)
「言ったがどうした!?」
「なんでっっ……!」
「お前を思って歪むあやつの顔は、想像するよりはるかに見物であったわ!」
ヒカルの手が、きつく座間の腕を掴んだ。
「こうやって、俺を好きにしてれば満足だろ!? なんで、佐為まで……クっ」
「その怒った顔まで、あやつに似てきたな、検非違使殿よ。いや、よいぞよいぞ!」
揺さぶる腰の動きを座間は休めない。
「佐為の奴も、行洋も、あの若造までが儂を舐め腐っておってからに…フン、
 なるほど、お前を近衛の家に帰すのと引き換えに、佐為の奴を毎夜嬲り物に
 するのも一興じゃな」
「…くはっ…佐為には手を……っ」
座間の動きはいっそう乱暴な物になった。
「儂の下で奴の名を口にするな! お前は儂の物なのだからな!」
「………佐為っっ!……」
「そんなに奴が恋しいか、ならば会わせてやろうか!? 呼べば来るかも知れぬぞ、
 先ほどそこの清涼殿で顔を会わせたばかりじゃ」
「ウッ……ク……ク……」
「もっと大きな声で呼んだらどうじゃ、来てくれるかも知れぬぞ。なんなら、
 儂が呼んでやろうか?」
「やだ……!やめ……くっっ……はっ…あ…」
「顕忠、行って佐為殿を呼んでこい!」
「お願いっ!……やだっ……それだけはっっ!…あっ、やぁぁ!」
ヒカルの足を両わきに抱え上げ、座間は更に深く、その陽根をヒカルの
内臓に分け入らせた。
「ならばせいぜい儂を楽しませることだ、検非違使殿」
「ひ……うっ……っっ……んんっ…」
思わず首を振ったヒカルのその肌に刀の刃が触れて、髪の一筋ほどの細い
赤い線ができた。
その赤い線から血が滲んで、深紅の粒がひとつ、涙のようにヒカルの
首を伝い落ちていった。



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