指話 19
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ようやくタイトルを掴んだ充実感とは裏腹に、周囲から想像できないプレッシャーが
予想していた形とそうでない形で彼を押し包んでいるのだろう。その最中の彼を目の当たりに
しているのだ。少しずつあの人に近付いた。あの人に触れたいと思った。
今までも彼はこうして人知れず一人でそれらの内なる魔物と戦い、そしてまた現実の戦場に
戻って行ったのだろう。だがそれは、必ず勝てるとは言い切れない戦いだ。
励まそうとか、慰めようとか、そんな思い上がった気持ちではなかった。
ただ触れたかった。何かに怯えているように見える、あの人の背中を摩りたかった。
―ずいぶんつまらん話をしてしまったな。…もう帰りなさい。
すぐ傍らに立つ自分を見ないであの人はそう言った。ボクは首を横に振った。
―帰りなさい。
無機質な言葉をくり返される。何重もの仮面の殆どを外しながら最後の一枚を外そうと
していない。それを奪いたかった。今ならそれができると思った。
―…ずっとあなたに会いたかった。
ボクの言葉にグラスを口に運びかけていたあの人の手が止まった。
―あなたに会いたかったんです。ただボクは、あなたに会いたかった。
暫く互いに動かなかった。ボクは手を伸ばし、あの人の顔から眼鏡を外し傍らに置いた。
―ボクは…、あなたが…
―…誤解しない方がいい。
…誤解…?彼の言葉の意味がすぐには分からなかった。
あの人は額を手で押さえて首を横に振ると逆にこちらに手を延ばし、ボクの髪に触れた。
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