平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 19


(19)
「赤翡翠?」
初めて聞く鳥の名に、鳶色の瞳がまばたきしながら佐為を見返えす。
「水辺に住む、とても珍しい鳥ですよ。この近くに居着いているようです。
 明日、探しに行ってみましょうか?」
ヒカルは佐為の胸にもたれたまま、嬉しそうに笑って目を閉じた。


佐為は、何かが風を切る音に目を覚ました。
隣りに寝ていたはずのヒカルの姿がないのに気付いて、外に出る。
外はまだ夜が明けたばかりのひんやりとした空気に包まれ、佐為の足元を朝露が
濡らした。
草の匂いがつんと鼻の奥をつく。
案外に霧が濃い。
その乳白色の朝靄の中に、近衛ヒカルが立っていた。
狩衣の片肌だけを脱いで、太刀を手に、虚空に何かを見つめている。
その腕がゆっくりと上がり、太刀を振りかぶり、その切っ先が美しい弧を描いて
振りおろされ、それが空気を切るシュンという鋭い音をさせた。
佐為はそこに踏み込んでいってはいけない気がして、その美しい光景を壊すのが
もったいなくて、動かずにじっとヒカルのさまを見ていた。
ヒカルの姿そのものが、まるで抜き身の剣のようだった。
以前、ヒカルが佐為に「碁を打ってるときのお前に触っちゃいけない気がする時が
あるよ」と言った事があるのだが、その時のヒカルの目にも、自分はこんなふうに
映っていたのかもしれない。
肩から背へ伸びる肌の輪郭が、とても美しい。
ふいに、自分とヒカルの間に見えない壁があるような錯覚に捕らわれた。
今、目の前で太刀を振る少年が、昨日、自分の下で快楽のままに喘ぎ、腰を
ゆらしていた者と同一人物だとはとても思えなかった。
ヒカルを酷く遠くに感じる。



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