うたかた 19
(19)
ヒカルのその瞳を見て、加賀は子供のころ父親に連れられて行った縁日を思い出した。
あれは、そう。加賀が囲碁教室に通い始めて間もないころのことだ。夏休みを利用して家族で父親の田舎に帰省していた。
実家の近くでちょうど縁日があっていて、父親は加賀の手を引いて神社に続くあぜ道を歩いた。
加賀は別に行きたくもなかったが、珍しく上機嫌な父親の誘いを断るわけにもいかず、黙ってついていった。
あたたかな提灯のひかりと、かろやかな祭ばやし。
これがエンニチか。
辺りをきょろきょろ見回していると、屋台の列の端───狛犬の蔭───で、ダンボールに何か入れて売っているのが見えた。
ウサギだ。
でも何かおかしい。
「…お父さん、」
視線をダンボールの中に固定したまま、加賀は父親の袖を引っ張った。
「どうした?何か欲しいものでもあったか?}
「あのウサギ、どうしてあんな色してるんだ?」
狭いダンボールの中でもぞもぞと動く小さなウサギたちは、みんなピンクや黄色や水色の毛並みをしていた。
「ああ…。元は普通の白いウサギなんだがな。客の興味を引くためにああやって染めてるんだ。なんだ、鉄男はあれが欲しいのか?」
────別に欲しいわけではなかった。
それなのに、こくりと頷いてしまったのは何故だろう。
「お前、カブトムシしか飼ったことないじゃないか。大丈夫なのか?」
ウサギを一羽ずつ品定めするように眺めながら、父親は言った。
「大丈夫だよ。」
本当は、ウサギが何を食べるのかすら知らない。
「なんだかどれも元気が無いなぁ。どれにするんだ。」
「その黄色いやつ。」
加賀は、ダンボールの隅でじっとしている、他より一回りほど小さなウサギを指さした。
「これか?こっちのよく跳ねるやつの方がいいんじゃないか?」
「こいつがいいんだ。」
きっぱりと言い放つ加賀をちらりと見て、じゃあこれを、と父親が金を払った。
どうして一番弱々しいそのウサギを選んだのか、今でもわからない。
不自然な真っ黄色の毛をした、赤い瞳のウサギ。
加賀の手のひらで、小さく震えていた。
少し湿っていて、あたたかかった。
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