白と黒の宴4 19 - 20
(19)
朝、チェックインの際に渡されたチケットを持って社が1階に行くと、他のイベント関係者や
旅行客で賑わうホテルの広いバイキングレストランの一角で既に倉田とヒカルとアキラが
朝食をとっていた。
「遅いぞ、社。寝坊か。」
おそらく3人前ほどの品数を運んできたらしい空の皿を積み上げて倉田が食後のコーヒーを
飲んでいるところだった。
「す、すみません」
倉田の言う通り寝過ごしてしまった。アキラの唇の感触が頭から離れず寝つけなかったのだ。
スーツの上着を空いている椅子の背に掛けて、社は和風、洋風の朝食メニューが並ぶ窓際の
テーブルに向かう。中国勢や韓国勢の姿が見当たらなないのは、もう一つある別の
アジア料理専門のレストランにいっているのだろう。
「なんかホテルの食事って落ちつかねー」
文句をつけながらもヒカルはシリアルにミルクをかけたものとソーセージとサラダを
ガツガツ交互に口に運んでいる。
アキラは静かにコーヒーを飲んでいたが、その前方のテーブルには取り皿らしきものがない。
既にボーイが下げたのか、飲み物以外口にしていないのかは社にはわからなかった。
取りあえず社はロールパンやハムやサラダ類を胃の中にかき込んだ。
気持ちを切り替えなくてはいけない。
対局開始まであまり時間がなく、全員スーツでその場に来ていたが、ヒカルはまだネクタイは
締めていなかった。社は今朝は何とか自分で出来たがお世辞にも整っているとは言えなかった。
社が食べ終わるのを待って全員で控え室に移動する。
(20)
そこでヒカルが壁の鏡を覗き込んでネクタイと格闘を始めた。
「あー、また失敗、もうイライラするっ」
ぶつぶついいながら何度か締め直すヒカルを見て、社はチラリとアキラを見るが、アキラは窓の外を
見つめるだけでヒカルに手を出そうとしない。かといって自分が手を出すのは何となく気が引けた。
「何だあ、進藤は碁以外は不器用なんだなあ。やっぱガキだな!」
しばらくヒカルの様子を見ていた倉田がひょいとヒカルの前に立って手早くギュッとネクタイを
絞めてやる。
「く、苦しいよ、倉田さん、」
ヒカルが手足をジタバタさせる。
「これくらいの気合いでいけよ。ただまあ、ネクタイくらい早く自分で絞められるようになれよ、うん。」
そんな程度の事でも倉田は得意げそうである。「ちえッ」とヒカルが唇を尖らせる。
「よし、会場へ行くぞ」
バンッと倉田がヒカルの背を叩き、ヒカルの顔が引き締まる。そうして2人で先立って部屋を出て行ったが
その時アキラがスッと社の傍に寄り、さり気なく社のネクタイを軽く整えた。
それは一瞬の出来事で、社は驚くがアキラは言葉もなく何事もなかったように控え室を出て行く。
社はアキラの後ろ姿を見つめながらが自分のネクタイを手で触れ、「…オシッ」と気合いを入れた。
だが対局会場に足を踏み入れたとたんヒカルも社とで「ウッ」と一瞬引いた。
広さと言い人の多さと言い何やらごちゃごちゃ機材が多くセッティングしてあって、普段の手合いの場とは
あまりに違う雰囲気だったからだ。しかもおもむろにカメラを向けられシャッターを切られて
さらに神経が逆撫でられる。
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