失着点・境界編 19 - 20
(19)
程よい興奮に上気していた和谷の顔色がヒカルの言葉に急速に色を失う。
「進藤…!」
ヒカルは素早くズボンをはきハンガーに掛かてあった自分のスーツの上着を
掴んで出ていった。和谷もズボンのファスナーを上げヒカルを追おうとした。
その時、ヌルリとしたものが手に触れた。真っ赤な血。
ヒカルが体を離した時に接合していた周辺に体液と共に散らしていったもの。
「…進藤…!!」
和谷は血の付いた手を見つめ、握りこみ、叫んだ。
「ちくしょおおーっ!!」
木製の物入れのドアをぶち抜く。甲が割れてヒカルの血の跡の上に新たな血が
流れて落ちた。その手のまま頭を抱えて座り込む和谷の頬を涙が伝わる。
「…進…藤…!」
ヒカルは真直ぐにアキラのアパートへと向かっていた。少し歩くのが
辛かった。出血しているのは分かっていたが、黒色のズボンだし夜だったので
あまり気にしなかった。
和谷には残酷な事をしたと思う。だが不思議とあまり胸は痛まなかった。
むしろ清々としていた。和谷のおかげで気が付いたのだ。
とっくの昔にアキラは自分の傍らにいたのに、いてくれたのに、自分が
アキラを隔てて遠ざけていた。あいつは自分とは違うという偽の暗示の影で、
自分はあいつと違うと思おうとしていた。
いつでも人知れずアキラとの関係を無かった事にできる場所に居続けようと
していたのだ。
そんなことはできやしないのに。
(20)
スペアキーを使ってアキラのアパートの部屋に入る。このカギを使うのは
あの日の朝以来だった。ここへはアキラと一緒に来るか、アキラがいる時
に来ていただけだった。留守の時は、入らなかった。今までは。
アキラはまだ戻っていなかった。
とりあえずヒカルはシャワーを浴びて内股の汚れを落とした。
血は止まっていた。だが指でその部分に触れると腫れ上がって
かなりの痛みを伴っていた。ヒカルはその痛みをこらえて指を挿入し、
それで出来るのかはよく分からなかったが、中を洗った。
いつもアキラが出してくれる棚の上からタオルを取って体を拭いた。
作り付けのクローゼットからなるべく黒っぽい色のスウェットを選んで着る。
「どれでも自由に着ていいよ」と、アキラがヒカルが好みそうな
色や柄の物を選んで買ってきたものばかりだった。
ベッドにもたれて床に座り、アキラの帰りを待った。
不思議と心が落ち着いていた。
今夜、本当の意味でアキラを手に入れる。アキラをオレのものにする。
単純だが深い決意をしたのだ。
そしてドアのカギ穴にキーを入れる音が響いた。
ドアの向こうの相手はドアが開いていた事に気付いてすぐにもう一度キーを
使い、アキラが入ってきた。ヒカルを見てほっとしたような笑顔をする。
「遅くなっちゃってごめん。帰っちゃってたらどうしようって思った。」
そう言ってアキラはスーツを脱いでハンガーに架けると、バスルームに
向かおうとした。ヒカルは立ち上がるとそのアキラの腕を掴んだ。
「シャワーは浴びなくていいよ、塔矢。」
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