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(19)
暫くしてアキラはヒカルが笑っていた訳が漸く分かり始めていた。
引っ込みがつかないのだ。
あんな事をいって、抱き着いてしまったのは良いが、この後、自分は一体どんな顔をすればいいのだろう。
焦れば焦る程、思考は空回りし、ふと目に入った項に視線は釘付け。
ゆったりと着せた浴衣の襟口からは滑らかな背中のラインが丸見えだった。
ともすれば血液が集まってしまいそうな下半身を、意識下で必死に宥める。
好きだと気付いた途端に、あまりにも素直な反応を示す自分のあまりの情けなさに
アキラは泣き出したい気持ちだった。
だが泣いている場合ではない。
ヒカルはくたびれたのか、ねーまだー?と聞きながらいよいよ全身の体重をアキラに預けてきた。
まずい。非常にまずい。
どうして来客用の寝間着はこんなに薄いんですかお母さんと、異国の空の下にいる筈の母に
心の中で理不尽な怒りをぶつけてみても仕方がないのは百も承知だ。
なのに、そうせずにいられないのは、今雑多な事に思いを馳せていないと
きっと取り返しのつかない事になるのが分かっているから。
そうこうしている間にもヒカルは欠伸をして、その際に漏れた熱い息が首筋に当たる。
そして、頭をアキラの肩に凭れかけると、小さな子供がむずかるように頬を擦り付けてきた。
頼むから、これ以上刺激しないでくれ、進藤。
しかし、アキラの心の葛藤はヒカルには届かなかった。
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「なぁ、もういいだろ?」
ひょいと顔を起こすと、アキラの耳許でそう囁いた。
「…… …… …… …っ!!」
ビクンと大きく震えた身体に、逆にヒカルも驚かされる。
真っ赤になって口をパクパクさせてるアキラに気付くと、ヒカルは悪戯っ子めいた笑みを見せた。
「何? お前、耳弱いんだ?」
「なっ……!」
「へへ〜、面白い事知ったな」
言うが早いかまたさっと耳に口を近付けて息を吹き掛けようとする。
同世代の男子が興ずる遊びにしてはやや幼稚だったが、今のアキラには笑えない遊戯だった。
慌てて避けようとした瞬間にヒカルの口がアキラの耳朶を掠めた。
「………っ」
危うく声を上げそうになって口を押さえると、ぐう、という妙に間抜けな音が響いた。
するとヒカルが少しだけ頬を赤らめて、笑った。
「ごめん、オレの方がタイムアウト」
どうやら、ヒカルの腹の音だったらしい。
「そっか、そういえば何も食べてなかったんだ」
お茶を濁せたらしいことに、アキラは胸を撫で下ろす。
「……なんか良い匂いする」
「中華粥を作ったんだよ。食べる?」
返事は待たなくてもその表情で明白だった。
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