Pastorale 19 - 21
(19)
「渋い。」
一口飲んでみて、ヒカルは顔をしかめた。
「まあ、赤だから多少渋いのは…」
と言いながら当然のようにアキラはボトルに手を伸ばした。
「そうか?こんなものじゃない?」
同じようにボトルから直接、一口飲んで、アキラは言った。
「本当は赤は空気に触れさせたほうが味がまろやかになるんだけどね。
デキャンタどころかグラスも無いんじゃ仕方がない。」
言いながらアキラはまたボトルに口をつける。
「悪くない。結構イケルよ。」
なんだかんだ言って、そのまま続けて飲むアキラを見て、ヒカルは呆れた。
何が行儀が悪い、だ。その飲みっぷりは何だよ?
「こら、自分ばっか飲んでるなよ、よこせ!」
と言ってヒカルはアキラの手からボトルを奪い取り、口をつけたのだが、慌てすぎてむせてしまった。
「飲めもしないくせに無理するから。」
「ち、違う!気管に入りそうになったからむせただけだ!」
「無理するなよ、進藤。」
笑いながらアキラが言う。
違うって言ってるのに。自分が酒飲みだからって、子ども扱いしやがって。
ムカつく。その酒、買って来たやったの誰だと思ってんだ。
「返せよ!塔矢!」
「ダーメ。」
ヒカルの手を遮って、アキラはヒカルに見せ付けるようにゆっくりとワインボトルを口に運ぶ。
下手に手出ししたらこぼしてしまう、と思って、ヒカルが動きを止めると、アキラがすかさず空いた手
でヒカルを抱き寄せた。
(20)
「んっ…!」
アキラから口移しで与えられたワインを、ヒカルはこくん、と飲み下した。
「美味しい?」
「…ん……」
さっきよりも美味しく感じてしまうのが何だか悔しかったけど、でも、やっぱり。
もう一口、とヒカルが言おうとした時に、
「ああ、残念だ。」
と、アキラがわざとらしく息をついた。
「ボクもあんまりお腹が空いたから、今はキミよりもそこのサンドイッチの方が魅力的だよ。」
え、という顔でアキラを見上げているヒカルに、アキラは悪戯っぽく笑いかけ、
「また途中でキミの腹の虫が鳴き出したりしないように取り敢えずは腹ごしらえしようよ?」
と言って、頬に軽くキスしてヒカルを放した。
(21)
サンドイッチもパンも、評判の店だけあって、どれも美味しかった。
やはり全部は食べ切れなくて、残りはオヤツな、とヒカルは言った。それから、
「オレンジとグレープフルーツ、どっちがいい?」
「グレープフルーツ。」
と答えると、はい、と小さな容器に入ったゼリーを手渡された。保冷剤で冷やされていたようで、ひん
やりと気持ちがいい。一口食べてみると、爽やかな香りが口の中に広がった。
「さっぱりしてて美味しいね。これも同じ店で売ってたの?」
「うん。なんか新発売とかって試食もやってて、美味かったから買ってきたんだ。」
そんな事を言いながら、ヒカルは大雑把に豪快に、アキラは几帳面に丁寧にプラスチックケースに
入ったデザートを食べた。
「ごちそーさま!」
全部食べ終えると、ヒカルはぱんっと手を合わせ、それから散らかったゴミを手早くまとめてリュック
に押し込み、くるりとアキラに向き直った。
「んじゃ、口直しも食って口ん中もさっぱりしたから、いよいよメインかな。」
「え?まだあるのか?」
サンドイッチやデニッシュや、スナック菓子まで食べてたくせにまだ食べる気なのか、さっきのは
デザートじゃなかったのか、びっくりしてヒカルを見るアキラに、ヒカルはにやりと笑いかける。
「サンドイッチとパンは前菜。ゼリーは口直し。メインディッシュはオ・マ・エ。」
一瞬、ぽかんとしてヒカルを見ていたアキラは、その次には呆れたように言った。
「キミ、いつからそういうオヤジくさい言い方を覚えたんだ。」
つれない反応にヒカルはがっくりと肩を落とす。
「オマエさー、折角、オレがキメてるんだから、もうちょっと反応してくれよー。
ってかオヤジくさいってひどくねぇ?」
「進藤、」
アキラは余裕の笑みでヒカルを見返す。
「キミは今の台詞でキメてるつもりなのか?」
そして傲岸不遜に顎を上げて、薄目でヒカルを見下ろした。
「ダメだね。まだ言い方に照れがある。そんなんでボクを口説き落とせるとでも?」
「ちぇー、なんだよーその言い方……」
不貞腐れたような声を出すヒカルをアキラの手がぐいっと引き寄せた。
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