pocket size 19 - 21


(19)
「お母さんや芦原さんに教われば、手順は一回で覚えられるんですが・・・いざボクが
一人でご飯を作ると、教わった通りにしているはずなのに同じ味にならないのは・・・
何故なんでしょう・・・」
「・・・・・・」
「でもボクが教えた通りに英治さんが作ると、ちゃんと美味しいものができるという
ことは・・・手順は間違っていないということですよね。同じことをしていて何故ボクだと
違うものができてしまうのか・・・」
「アキラたん・・・」
アキラたん・・・君はもしかして頭はいいけどすごく不器用な子なのかい?
(それでも、俺の愛は変わらないよ・・・)

深刻な表情でブツブツ呟きながらず、ずっとポケットの中に身を沈めてすっぽり姿を
隠してしまったアキラたんに、俺はニンジンを持ち上げて明るく言った。
「アキラたん、俺が上手いとしたらアキラたんの教え方がいいせいだよ!このニンジン
だってさ、皮は剥けたけどどうやって切ったらいいか俺一人じゃわかんねーし。
これこの後、どうしたらいい?教えてくれよ!」
「・・・・・・」
「なっ、アキラたん!いやアキラ先生!」
「・・・ボク、そんなに教えるの上手いでしょうか?」
ポケットの中からアキラたんが小さな声で呟く。
「・・・うん!やししいしわかりやすいし、もう最っ高!俺の先生はもうアキラたん以外
考えられないよ!」
すると胸ポケットの中がもそもそ動いて、少しおかっぱを乱したアキラたんの小さな顔が
すぽんと現れた。
平静を装っているが頬が綺麗なピンク色に輝き、シリアスな声が心なしか弾んでいる。


(20)
「そんな・・・ボク、料理に関しては本当に素人で、先生なんて言われると恥ずかしい
ですが・・・でも、そうですね、それじゃこのニンジンは、乱切りにしてみましょうか」
「らんぎり?」
「こう、形は適当でいいですから大きさが一定になるように・・・慣れないうちは
大きさが揃わなくて大変ですが、練習しているうちにきっと上手くなります。
大丈夫です、ボクも最初は苦労しましたから」
アキラたんがピンク色のほっぺで微笑んでくれる。
俺はゴクリと唾を呑み込んで、不慣れな手つきで包丁を握り直した。
「う、うん。やってみるよ、アキラたん」

俺の人生初の乱切りニンジンは、アキラ先生の目から見てとても良い出来だったらしい。
「アキラたーん、出てきてくれよー」
「・・・・・・」
「頼むよー」
「・・・・・・」
ショックを受けたのか再びポケットの中に隠れてしまったアキラたんを引っ張り出して、
やっと二人で夕飯にできたのはいつもより1時間ほど遅い時刻だった。
「ごめんなさい・・・英治さん」
「ん?」
野菜の煮物を頬張りながら俺は聞き返した。苦労の甲斐あってなかなかに美味い。
「毎日お世話になっているのに。英治さんがお料理してくれるのも、ボクのためなのに・・・
我儘で困らせて」
専用のちさーい座布団に座りお猪口のお碗を持ったアキラたんが申し訳なさそうに
上目遣いで見上げてくる。
アキラたんには最初のうち、折りたたんだハンドタオルを座布団代わりにしてもらって
いたのだが、三省堂のステーショナリーコーナーでアキラたんぴったりなちさーい座布団が売られているのを偶然見つけ、以後はそれに座ってもらっている。
本来は招き猫や十二支など縁起物の置物を置くためのものなのだろうか?
水色の地に金魚と出目金の模様が夏らしく、アキラたんも気に入ってくれているようだ。


(21)
「そんなの全然いいよ。俺一人暮らしだし、アキラたんと話しながらメシ作ったりするのすごく楽しいよ!生活に張りが出たっていうかさ」
「そう・・・ですか?」
「うん。それに最近アキラたんに合わせて早寝早起きで、野菜も食ってるだろ?なんか
体調いいんだ。部屋もアキラたんがいてくれると掃除する気になるし・・・アキラたんが
うちに来てくれて、俺にとってはすごく良かったよ」
「・・・・・・」
「アキラたん?食べないの?」
「あっいえ、ごめんなさい。美味しいです。英治さんの料理」
「先生の教え方がいいからね」
「そんな・・・」
頬をピンクに染めたアキラたんが可愛くて、アキラたんと一緒に作った煮物が美味くて、
幸せで、俺はその時かなり浮かれていた。

夜になるとアキラたんは俺が作った縮小版詰碁集を手に取って、いつまでもじっと眺めていた。
「アキラたん、まだ寝ない?」
「あ、今寝ます」
アキラたんはお菓子なんかを入れるための丸い籠の中に、柔らかいクッションと布を
敷いたベッドで眠る。
本当はアキラたんと一緒のベッドで寄り添って眠れたらと思うが、「南君の恋人」と違って
アキラたんの彼氏でもない俺がそんなことを言い出すのはいかにも不自然だ。
それでも、ベッドと机の上と離れ離れでもアキラたんの小さな寝息を同じ部屋で聞けると
いうだけで、たとえようもない幸福感が湧き上がってくる。
「おやすみ、アキラたん!」
「おやすみなさい、英治さん・・・」
いつも寝付きのいいアキラたんが、その夜は珍しく何度も寝返りを打っていた。



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