光彩 19 - 21
(19)
アキラは夜が明ける前に緒方のマンションを出た。
一分でも一秒でも早く、そこから離れたかった。
走りたかったが、体に力が入らない。
それでも、緒方と一緒にいたくなかった。
直前まで責め苛まれていた。
行為の後、緒方はアキラを清めてくれた。
自分を責めた男とは思えぬほど優しい手つきだった。
緒方がシャワーを浴びている間に飛び出した。
足がもつれる。
息が止まりそうだ。
アキラはその場にへたりこんでしまった。
膝に顔を埋めた。
悔し涙があふれた。
緒方はまるで自分を玩具のように扱った。
アキラの人格を無視して、好きなように弄んだのだ。
ヒカルをダシにして、自分を苛んだ。
アキラは、ヒカルの名前を出されて、冷静ではいられなかった。
緒方が、そんな自分を面白がっていたのはわかっていた。
淫乱な奴め!
ヒカルに、お前は似合わない!
何度も繰り返し耳元で囁かれた。
緒方が全部悪いわけではない。わかっている。
自分からあの場所へ行ったのだ。
最初にアキラ自身が望んだことだ。
そして、緒方はアキラを抱いただけだ。
やり方はともかくとしても・・・。
ヒカルを恋しく思いながら、緒方の手も離さなかった。
ずるい自分が悪いのだ。
何より、ヒカルを裏切った自分が悲しい。
ヒカルはアキラのことを精一杯受け止めようとしてくれていたのに。
自分は己の感情を持て余して、緒方の所へ逃げたのだ。
アキラは、自分が情けなく、浅ましい人間だと思った。
ヒカルにあいたいと思った。ヒカルの笑顔が見たかった。
だが、ヒカルにあうことはできない。
こんな自分を見せたくなかった。
(20)
いつもの碁会所で、ヒカルはアキラを待った。
アキラはこなかった。
どうしたのだろうか?
アキラとは毎日あっているわけではなかった。
それなのに・・・。
ヒカルは理由もなく不安になった。
その漠然とした不安を払うように、首を振った。
アキラにだって、いろいろと事情があるのだ。
自分だって、アキラ以外の友人とのつきあいがあるじゃないか。
自分に言い聞かせた。
だが、次の日も、その次の日もアキラは来なかった。
アキラとヒカルの指定席。
そこに、いつものヒカルらしくもなく、しょんぼりと座っている。
その姿に、碁会所の常連たちも声をかけかねていた。
さすがに一週間も会えないと、アキラに何かあったのではないかと考えた。
アキラに地方のイベントの仕事は入っていない。
この間あったときは、そう言っていた。
急な仕事でも入ったのだろうか?
でも・・・。
悪い想像が次々浮かぶ。
ヒカルはあわててアキラの部屋へ向かった。
勉強のために、アキラが一人で借りているアパートだ。
碁会所からそう遠くはない。
インターフォンを何度も押した。返事がない。
ドアをドンドンと叩いてみたが、人のいる気配はない。
やっぱり、病気か何かで自宅の方に戻っているのかもしれない。
心臓がつぶれそうになるくらい必死で走った。
ようやく辿り着いた。
インターフォンから、誰何する声が聞こえてきた。
息を切らせながら名乗った。
(21)
しばらくして、年輩の女性が出てきた。
アキラの両親は現在日本にいない。
親戚の人に頼んで、月に何度か家の手入れをしてもらっていた。
彼女は、申し訳なさそうにヒカルに言った。
今日はアキラは外出していて、帰る時間もわからない・・・と。
ヒカルはホッとした。
どうやら、アキラは病気ではないらしい。
よかった。
あれこれ考えて、一人で勝手に不安になって馬鹿みたいだ。
アキラにはアキラの都合があるのだ。
いつも、ヒカルをかまっているわけにはいかないのだ。
少し悲しい気もしたが、アキラが元気なようで安心した。
ヒカルは、元気よく挨拶をしてその場を去ろうとした。
ふと、視線を感じた。
誰かが見ている?
顔を上げた。二階のアキラの部屋が目に入る。
同時にカーテンが引かれた。
アキラが自分を避けている?
その考えは、ヒカルを絶望的な気分にさせた。
どうして?アキラに返事をしないから?
アキラが普段と変わらないように振る舞っていたのは、
ヒカルをせかしていないと言うことではなかったのか?
それは自分勝手な思い込み?
それでオレに腹を立てているの?
「塔矢・・・。」
自分はアキラに見捨てられたのだ。
世界が粉々になったような気がした。
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