日記 19 - 21


(19)
 勉強会をさぼったので、時間が余ってしまった。アキラは、ヒカルが和谷の勉強会に
毎週行っていることを知っているので、今日はいないかもしれない。それに、アキラに会ったら、
自分の動揺を悟られそうだと、思った。アキラには知られたくなかった。
 だが、かと言って、このまま家に帰りたくない。自分でも情けないが、こんな時、やっぱり
頼りにしてしまうのは緒方だった。アキラ以上に忙しい緒方が、家にいる確率は少ないが、
とりあえず、行ってみようと思った。
 幸いなことに緒方は、外出してはいなかった。が、緒方は、ヒカルを招き入れながら、
きっちり一言釘を刺した。
「どうして、お前はいつも突然やってくるんだ。自宅の番号も携帯の番号も渡してあるだ
 ろう?」
「次からは、連絡無しに来ても入れないからな。」
もっともらしく蹙め面を作って見せながらも、口調は軽い。
 ヒカルは、何だか安心して、さっきまで、全身を覆っていた緊張がほぐれていった。
「ごめんなさい。」
ヒカルは、一言謝ると、さっさと奥の部屋に行き、水槽の前に立つ。
「お前は、俺に会いに来たのか、魚を見に来たのかわからんな。」
緒方は、溜息混じりにあきれたようにヒカルを見た。


(20)
 緒方は、ヒカルに「何の用事か」とは、聞かなかった。ヒカルがこんな風に自分のところに
くるときは、大概、自分の感情を持て余しているときが多いことを、知っているからだ。
 水槽を見つめたまま、ヒカルが不意に話しかけて来た。
「先生…オレさあ…ちょっと前から日記をつけてるんだ…」
「日記?お前が?ハハハ…」
 如何にも、らしくないという風に笑う。本気で笑いたかったわけではない。ヒカルが
それを望んでいたような気がしたからだ。緒方にしろ、アキラにしろ、ヒカルが元気のいい
明るいだけの少年ではないことを知っている。その外見とは裏腹に、繊細で傷つきやすい
魂を持っている。以前は、そうでもなかったが、ある時期を境にヒカルは急に変わった。
手合いを休み続けた間に、何かがあったのだろう。
 だから、緒方はことさら大げさに笑って見せた。
「ひでえ!」
ヒカルも笑った。
「ハハ…せいぜい、三日坊主にならないようにな…」
「ならねえよ。もう二週間以上も続いてるんだから…でも、塔矢には内緒にしてくれよ。
 やっぱ、途中で投げたらかっこつかないしさ…」
緒方は黙って頷いた。笑っているヒカルの横顔を眺めながら、緒方の心は少し複雑だった。
こんな風に頼ってくれるのはうれしいが……。だが、無邪気に甘えてくる無防備な
ヒカルの姿を見ていると…………自分でもあきれてしまう。
 緒方は、一つ首を振ると、ヒカルために紅茶を入れるべくキッチンへ向かった。


(21)
 緒方の顔を見て、ヒカルの心はいくらか安らいだ。いつものように、元気よく挨拶をして、
緒方の家を後にした。
 自宅に着くと、母親が和谷から電話があったことを告げた。それを聞いて、ヒカルの気持ちは
また沈み始めた。
 自室に入って、鞄を置くと、机の方に視線を向けた。そして、机の引き出しの奥深くに、
隠してある日記を取り出した。手に取って暫く見つめた。青紫の奇麗な花。その花に、
大好きな人の顔が重なった。ページを繰って、また、すぐ閉じた。
「今日は、書く気にならねえよ。これじゃ、緒方先生に笑われてもしかたねえや。」
 階下で電話の鳴る音がした。ヒカルは、ギクリと身体がこわばった。母の呼ぶ声が聞こえる。
「ヒカル―――塔矢君から電話よ―――」
 ヒカルは、慌てて階段を駆け下りた。引ったくるようにして受話器を受け取る。
「進藤?」
電話の向こうから聞こえる声に、不覚にも涙が出てきた。
「会いたい…」
勝手に口から、言葉が零れた。
 アキラの宥める声が聞こえたが、ヒカルの頭の中は会いたい気持ちでいっぱいだった。
「会いたいよぉ…」
それしか、言えなかった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル