平安幻想異聞録-異聞- 190


(190)
立ち上がる前に少し離れた場所に投げ出された太刀に手を伸ばす。さっきまで
自分の身動きを封じる楔になっていたそれを、ヒカルはたどたどしい程の動作で
鞘に戻した。元気な時のヒカルだったら、それを手にして後先も考えず、
自分に背を向けている座間に切りかかるぐらいの事はしたかもしれない。だが、
今のヒカルには、そんなことを思いつく気力さえなかった。
軋む体を柱で支えて立ち上がったヒカルの足を、座間の放った泥液が、腿伝いに
落ちていく感触がしたが、それをふき取る暇すら与えられなかった。



座間と菅原が清涼殿を去った後、その入り口には佐為と藤原行洋だけが
残されていた。
伊角は、帝との謁見があるとかで、すぐにその場を立ち去ってしまったのだ。
「さて……」
行洋が話を切りだした。
「先ほどの伊角殿の話、どう思う?」
「何のお話でしょう?」
「お前の様子を見て、どうやら何か座間殿について、私の知らぬ話を知っている
 ように思ったのでな」
「さあ、伊角殿は何か知っているようですが、私もかのお人については噂以上の
 ものは聞いておりませんので」
「それにしては、お前らしくない大変な憤りようではないか」
お前などと馴れ馴れしく呼ばれた佐為の方が、苛立ったように行洋を見た。
「どうやら、お前と座間殿と、あの近衛といかいう検非違使の間で何かあった
 ようだが、私にできる事があったらと、思ったのだが」
佐為が苦々しい思いで下を見た。ともすれば噴き出しそうになる気持ちを
抑えるためにだ。
今、行洋の顔を見れば、先ほど垣間見せた政治家としての顔の方が先に立ち、
一度は心の奥底に埋めた憎しみの感情が戻って来てしまいそうなのだ。
「結構です。助けなどいりません」



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