平安幻想異聞録-異聞- 193
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しかし、自分はずっとそのヒカルの優しさに甘えてきてしまった。
内裏の貴族達の心無い言葉に、心乱れるとき、いつもそうしていたように。
そうやって、自分は出会ってからずっとヒカルに守ってもらっていたのだ。
常に傍らにある彼の存在に、自分が秘すべき感情を抱き始めたのはいつから
だったか――哀しみの淵に沈みながらも、そんな風にヒカルのことに思いを
馳せていると、ふつふつと絶えることない泉のように、愛おしさが
湧き出てくるから不思議だ。
いったい自分のどこにこんな感情が隠れていたのだろうかと思う。
部屋の明かり取りの窓近く、一輪挿しに挿された、菊の花びらが
一枚落ちた。
それは菊の宴のあの日に、ヒカルの冠から盗んできた黄色い小菊の花枝だった。
花は、すでにわずかに俯き始めている。
自分はあの日、この花がしおれるまでに必ず近衛の家に帰れるように
算段すると、ヒカルに約束したのではなかったか。
佐為は立ち上がると、部屋の片隅の棚の中をを探し、久方ぶりに笛をとった。
激しい怒りと哀しみと愛おしさに、散々と乱れる心を落ち着けるために。
日が暮れれば、自分はまた賀茂アキラとともに、蠱毒の壺を探しに出かける。
それまでに、平静を取り戻しておきたかった。
庭に出ると黄昏時の風に尾花が穂をゆらしていた。
佐為は笛に口を付けた。
笛の銘を「青紅葉」という。
秋の紅葉の優雅さはないが、夏の青い紅葉の林を吹き抜ける風にも
似た涼やかな音色に、その笛を作った名工が、その笛に与えた銘であった。
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