平安幻想異聞録-異聞- 197 - 198
(197)
「近衛は検非違使の務めの帰りに、かの者たちに乱暴されたと聞きました。
と、すれば、この検非違使の庁の棟と近衛の家の通いの道の間の出来事。
このあたりは出自の確かな貴族の屋敷も多く、そのような暴行を働いて
人目に付かない場所、誰も見咎められない場所などたかが知れています。
端からそういった場所を洗い出し、調べていけば……」
「違うのです、アキラ殿。ヒカルはあの日、検非違使庁からの帰り道に
襲われたわけではないのです」
「……なんですって?」
アキラは言葉を止めた。
「あの日、ヒカルはいつも通り、夕刻に囲碁指南の務めを終えた私を
家まで送り届けてくれた後、もう一度出掛けているのです。この京の都の
町の外へ」
「出掛けた先のお心当たりは?」
「おそらく、清原頼業様の廟」
「『桜の宮』ですか?」
その廟は故人を偲んで、頼業が愛した花、桜が多く植えられているので
そう呼ばれていた。
佐為が頷いた。
「祈念神石の話は御存知ですか?」
「はい。廟内の石を持ち帰って祀れば願いがかない、願いがかなえられれば、
新しい石を添えてにそれを廟に返しに行く……というのが宮中の女房たち
の間で、新しいまじないとして流行していると」
「そうです。しかし女房達は自分で廟に詣でることはまずありません。衛士や
検非違使にそれを頼むのです。ヒカルもあの日、私を自宅まで送った後、
これからどこぞの女房から頼まれた石を『宮』まで届けに行くのだと言って
いました」
(198)
今となっては、その女房にさえ、ヒカルを罠にかけるための座間の策略の手が
伸びていたのではないかと思えてくるが。
西山近く、清原頼業の御霊を祀った聖なる花の宮。
佐為は、だが、そこに通う道筋のどこで件の暴虐が行われたのかをしらない。
あの事件があった夜や、その後はとにかく、ヒカルが立ち直れるように心を
尽くすのに精一杯だった。そのヒカルにどうして、それがどこで行われたのか等と
問いただすことができただろう?
「困りましたね」
アキラは頤に軽く手をやった。
「えぇ」
平安京から洛外の桜の宮まではおよそ四里(平安時代の一里は約654メートル)。
平安京の西の端からそこまでの間には、暴行が行われそうな林や荒れ地など
いくらでもある。
そのいずこにか埋められた蠱毒の壺を探すことなど、雲を掴むような話に思われた。
「アキラ殿」
佐為が顔を上げた。
「式神を使いましょう。ヒカルにとっては思い出すのも辛い事とは思いますが、
それでも、これはヒカルに直接場所を聞いた方がいい。」
「いえ、それはやめましょう」
「何故です?! 式神を使えば、座間邸にいるヒカルに連絡が取れるのでしょう」
アキラは首を振った。
「式神はたしかにあの座間邸の結界を抜けられるようになりましたが、
抜けた痕跡は残るのです。そうたびたび式神を飛ばしては、向こう側の
陰陽師に気付かれます。そうすれば、当然彼らは近衛を問いただし、
例の札を発見されてしまうでしょう。悪くすれば近衛の居場所自体を
移されてしまう危険もあります」
「しかし、それでは……! こうして私達がもたもたしている間にも、
ヒカルの身に何が起きているか!」
佐為の心を痛めつけるのは、昼間、座間たちから聞いたヒカルの話。あの男に
体を押し開かれて喘ぐヒカルの姿だった。
|