指話 2


(2)
数目置き父と毎朝対局するのが週間になった頃、碁会所で門下生の者と同じように
対局する事を許されるようになった。
その中でも特に容赦なく自分が叩きのめされた相手がその人だった。大抵の門下生は
自分よりひと回り以上小さな子供を相手にそこまで本気にはならなかった。
当時はまだ自分は基本的な戦略の流れを掴むのに精一杯だった。
ただ、同年輩の子供達の中では敵無しだった。自分でも無意識にその気負いが盤上に
出ていたのかも知れない。何かの本で読んだ小手先的な技を試してみようものなら
その人にはまさに首根っこを押さえ付けられ完璧なまでにのされた。
―大人をなめるんじゃない。
何より、対局の間のその人の目が恐かった。
父の目も恐い。ただ精一杯戦えた時は御褒美のように温かい父親の目に戻ってくれた。
その人は、ただひたすらに冷たかった。とことん意地悪だった。
―オレに腹が立つのなら勝ってみろ。
子供相手にその人は最上級の挑発をくり返した。
だが、その人はまさか思わなかっただろう。そこまで突き放す態度が逆にこちらにとって
他の誰よりも信用出来る人だという確信を抱かせる事になるとは。
信頼は親愛に通じる。他の人から得る様な温かい笑顔や頭を撫でられるといった包容
などは一切なしに、敬愛をもって自分の気持ちはその人に向かって行く。
その人に気付かれないようにその人を見つめる。
そうしていて分かった事があった。その人もまた、自分と同じ様な目で誰かを見つめて
いる事があるということ。
そして、その視線の先に自分の父親がいると言う事だった。



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