雪の日の幻想 2
(2)
……さん?…
誰かに呼ばれたような気がした。この部屋には誰もいない筈なのに。
……緒方さん?…こんな所でうたた寝をしていると風邪をひきますよ…?
懐かしい、柔らかな少年の声。
ああ、アキラ、寝てるわけじゃない、ただ、ちょっと……
声に出さずに応えながら、けれどこれが現実のアキラの筈がない、と、わかっていた。
彼はもうこの部屋へは来ない。
いや、来たとしても、こんな風にオレに向かって優しい声をかけることなんてなかった。オレの名を呼
ぶ事なんてなかった。それなのに、まだ、オレの未練はこんな幻をオレに見せつける。
それともこの声の記憶は更に前の、この部屋でなく、彼の家での記憶だろうか。研究会に限らず、
オレは昔はよくあの家に入り浸っていた頃があった。あれはオレが彼の信頼を失う前。まだ幼さの残
るアキラと、あの庭に降り積もっていく雪を眺めていた事もあった。
けれどそれも過ぎ去った日々。失われたものは二度と帰っては来ない。
…緒方さん…?
それなのに、幻の声が、再度、呼びかける。
ゆっくりと瞼を持ち上げると、果たしてそこには良く知っている少年の顔が、心配そうに自分を覗き込
んでいた。至近距離で見つめている、底のしれないような真っ黒な瞳。
思わず手を差し伸べると、サラサラとした黒髪が手を撫でる。両の頬を包み込むようにして彼の顔を
捕らえると、アキラはゆっくりと微笑んだ。そのまま顔を引き寄せ、ほころびかけた唇にそっと触れる。
触れた時は冷たかった唇だが、その中は驚くほど熱い。その熱い口内を思う様蹂躙し、舌を絡めとり、
吸い上げる。深い口づけを与えるうちに彼の身体から力が抜けてゆき、その体重をそのまま自分に
預けてくる。ほっそりとした身体を抱きとめながら、この重みが、この熱が、幻のはずがない、と、熱
にうかされたような頭の隅でそんな事を考える。
目を開けると、頬を軽く上気させ、息を乱しながら、潤んだ瞳で見つめ返すアキラがそこにいた。
彼がそこにいる事を確認するように、しっかりと彼の身体を抱き寄せながら、荒い息の残る唇にもう一
度、唇を寄せていった。
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