誘惑 第三部 2
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「塔矢くん?」
「え?」
急に隣から声をかけられてアキラは驚いて振り向いた。
「どうしたんだ…?」
けれど、そう問いかけても、何を訊いているのかわからない、そんな表情でアキラは記者を見た。
「……きれいだな、と思って。」
そう言って、アキラはもう一度窓の方を向く。
涙が頬を伝い落ちているのに、アキラは気付いていないようだった。
アキラの言葉に記者はアキラの横から窓を覗き込む。
真っ青な空と、輝く太陽と、白く煌く雲海は、彼の言う通り、美しかった。
けれどそれ以上に、魅入られたように窓の外を見つめる塔矢アキラは、彼の白い頬を静かに伝う
涙は、天上の眩しいかぎりの光景よりも更に美しいと、彼は思った。
「もうずっと、太陽なんて見なかった気がするから、どこにもなくなっちゃったのかと思ったのに、
ちゃんとここにあったんだね。」
アキラは独り言のように呟いた。
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