残像 2
(2)
あれは北斗杯の始まる、前日だった。
父の部屋を訪れ、ドアをノックしようとしたその時に、部屋の中から悲痛な叫び声が聞こえた。
一体、何があったのかと、ボクはそこに棒立ちになった。
それは、ボクにとって一番大切な人の声だったから。
なぜ?何に、一体キミはそんな辛い叫び声をあげているんだ?
凍り付いたまま耳をそばだたせたボクに、また彼の声が聞こえてきた。
ドア越しにもはっきりと聞こえてきた。
「sai」と呼ぶ声が。
進藤の泣き叫ぶ声に、ボクは心臓が引き千切れそうに感じた。
それなのに、泣いている進藤を抱きしめてやる事さえできない。
そして、進藤がボクの前でなく、別の人の前で泣いているという事に、また別の意味でボク
は心臓が痛むのを感じた。ボクが抱いてやりたいのに、泣くな、と言ってやりたいのに、そこ
にいるのではボクではなく父なのだ。
なぜボクではなく父なのか、答はわかっていた。
きっと父だったら、何も聞かず、ただ黙って、進藤の嘆きを受け止めてくれる。
ボクならばきっと、何があったんだと、saiとは誰なのか、キミにとってどういう存在なのかと、
問い詰めてしまう。だからきっと進藤はボクでなく父の前であんな風に泣いたんだろう。
ボクがまだちっぽけな子供で、父のような大きな人間じゃないから。
それはどうしようもないことなのに、それでもそれが悲しくて、悔しくて、切なくて、ボクは涙が
出そうになった。そして進藤が泣いているのに、寄り添って彼の嘆きを受け止める事よりも、
自分の事で泣きそうになる自分が、余計に情けなくて悔しかった。
だからボクは何も出来ず、けれどその場を立ち去る事も出来ず、馬鹿みたいにドアにもた
れたまま、背中越しに彼を感じていた。
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