sai包囲網・中一の夏編 2
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いらっしゃいませの声に迎えられて、明るく清潔な店内へと足を踏み
入れる。日中とはいえ、夏休みのせいか客も思ったより多い。ちらりと
進藤の位置を確認すると、手早く受け付けを済ませ、彼を後ろから見る
ことのできる場所へと陣取った。
幸いなことにボクは視力がいい方だ。少し視線をずらすだけで、進藤
の開いてる画面を見ることができる。そこには期待に反し、色とりどり
のイラストのようなものが映し出されていた。どう間違っても白と黒の
石が並ぶ碁盤には見えない。
やはりボクの勘違いだったのだろうか。それでも疑念を拭いきれない
まま、ワールド囲碁ネットのサイト入り、対局待ちのリストを呼び出す。
そこにはまだ『sai』の文字はなかった。
saiと打ち合ったときの充実感と陶酔感。思い出すだけでも、身体
が震えて来る。それは、強い相手と対局することへの恐怖と、そして、
それを越えるほどの愉悦からだ。最初から数えて二回。進藤と打ったと
きにも感じたもの。もう一度、もう一度だけでもいいから、あの感覚を
味わうことができたら・・・。
ふと、左手で弄んでいたグラスを、進藤が傍らに置く。ぐっと背を反
らせて伸びをしたかと思うと、マウスを掴み左上の矢印をクリックした。
前に見ていたページに戻ってる?次に現れた画面に、ボクは思わず声を
上げそうになった。
それは見慣れた、ネット上の架空の碁盤だった。一度、ログアウトし
てしまったのか、進藤のクリックに合わせてトップページが表示され、
ぎこちなくキーを叩く音がして、画面が切り替わった。ハッとして、目
の前にあるディスプレイに視線を戻すと、そこに『sai』の三文字が
現れた。
まさか、でも、やっぱり・・・いろんな感情が入り交じる中、ボクは
息を殺して、進藤が動くのを待った。
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