sai包囲網 2


(2)
 アキラの言葉がいつになく歯切れが悪いのは、ヒカルたちの言い争う
声を聞いてないせいだろう。それでも、あの場の雰囲気が和やかなもの
ではなかったのは一目瞭然で、勘のいいアキラなら二人の間に諍いがあ
ったことに気がついたかも知れない。
 俯いたままのヒカルの柔らかそうな前髪と長い睫毛。その下の細い首
と頼りない華奢な肩。緒方との知人とにしては近過ぎる距離に立つ彼の
姿を見た瞬間、身体中の血が沸騰するかと思った。ヒカルが緒方から逃げ
るように自分の脇をすり抜けたとき、咄嗟に後を追った。
 先程見た衝撃と怒りを抑え込んで、もう一度訊ねる。
「お父さんの、お見舞いに来てくれたの?」
 答えないヒカルに、アキラは質問の切り口を変える。今までの経験上、
余程うまく問わない限り、ヒカルに言い抜けられてしまうだろう。
「あっ、うん」
「そう。ありがとう」
「いや、その、だって、俺が心配だったからさ」
「でも、ありがとう」
 ほっとしたようにヒカルが息を吐いたのを見て、アキラは笑顔のまま
少しだけ相手との間を詰めた。
「この前も来てくれたんだってね。市河さんから聞いたよ」
「市河さんって、碁会所の受付のおねーさんだっけ?」
「うん」
 そういえば、あのときは緒方にも会ってる。ここで否定しても意味が
ないことに気がついて、ヒカルはうんと小さく頷いた。
「そのときに、お父さんと対局の約束をしたの?」
 はっとして振り仰いだアキラは、もう笑っていなかった。



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