霞彼方 2


(2)
夜の新宿。
ピンクや紫に色どられ、ケバケバしい電飾に飾り立てられたいかがわしい看板が
立ち並ぶ通りを歩きすぎると、そこには思いのほかひっそりとした暗い面持ちの
景色が広がっている。
そこに立ち並ぶ店のうちの一軒、地味だがしっかりした作りの寿司屋に、
二人の碁打ちがいた。
「おい、進藤! 遠慮するなよ、どんどん頼め!」
寿司屋というと回転寿司しか行ったことがないヒカルは、心なしか肩を小さく
している。
気さくな雰囲気の寿司屋ではあったが、それでも、こういった場所に慣れない
ヒカルは、やはりキョロキョロとしてしまう。
目の前にどんと置かれたのはマグロの赤身の寿司だったが、ただの赤身では
なかった。牛の舌の様にべろんと長い切り身。下のシャリの二倍はあろうかと
いうそれが、ヒカルの前に鎮座ましましている。
なんだか迫力があった。
森下が笑う。
「なんだ、昼間の勢いはどうした! マグロごときに気合負けしてたら俺には
 一生勝てんぞ!」
あきらかに面白がっている森下の口調に、ヒカルは負けてたまるかとアナゴを
注文する。
ヒカルの目の前で板前が、まずシャリを握り、その次に後ろのタッパーから
調理された中振りのアナゴを1匹取りだす。
その真ん中をダンと大きな音をさせて二つに切ると、その上半分と下半分を
それぞれシャリの上に乗せて、
「お待ちぃ!」
と、唖然と見守るヒカルの目の前に勢い良く置いた。タラタラと濃密なタレの
滴るアナゴ……当然ながら、先のマグロと同様、切り身が大きすぎて下の
シャリは見えない。
――河童巻きを頼んだら、もしかしてキュウリが丸ごと1本巻かれてきたりして。
と、嫌な想像をしてしまったヒカルの横で、森下が、若い板さんに声を張り上げる。
「『上善如水』一本くれ!コップは二つな!」



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