弄ばれたい御衣黄桜下の翻弄覗き夜話 2


(2)
席主が笑いながら、「もう閉めるよ」と蛍光灯のスイッチに手をかけるまで粘って
しまった。
「あ、すいません」
二人とも慌てて対局途中の石を崩して、碁笥に戻して片づける。
門脇が時計を見ると、すでに終電が終わっていてもおかしくない時間だ。
「駅で降りたときに、終電の時間確認しておくんだったな」

駅までの道程は、二人とも無口だった。理由は簡単だ。さっき途中で終わってしま
った対局を、頭のなかでこねくり回しているのだ。
途中ああ打てばよかった。あるいは、次の一手を自分はこう打とうと思っていたけれ
ど、そうしたら相手はどんな手を返してきていただろうか、と。
「こっちの方が近道じゃないのか、ここ、通って行こう、進藤」
門脇が指さしたのは、少し大きな公園だった。ヒカルは素直に門脇に従った。
公園の桜はすでに葉桜になっていて、その枝につい先日まで、きっと壮麗に咲き誇っ
ていただろう花の面影はない。
「花見の季節に来てたら、すごいだろうな、ここ」
「え、何、門脇さん、花が咲いてないのに、これ桜だってわかるの?」
「わかるだろ、普通」
「わかんねぇよ、普通」
門脇は、唖然とした顔でヒカルを見る。公園のわずかな外灯に照らされて、
進藤ヒカルの頬が青白く見える。この少年に、門脇は出会ってからずっと、様々な
意味で驚かされてばかりだ。
「わかるんだよ、普通は。葉とか、枝ぶりで」
まるで自分がウソをついているかのような、いぶかしげな顔でヒカルに見返されて、
門脇はしかたなく、その腕をとって、芝生に踏み込み、桜の木の下まで連れていった。
さて、これから桜の木について、ひとつ講釈ぶってやろうとした時だ。
少し離れた植え込みの影で、変な物音がする。
最初はさかりのついた猫が鳴いているのかと思った。
だが、それはすぐに門脇の耳の奥で、なんとも甘ったるい女の嬌声へと変わる。
どこかの馬鹿なカップルが、その植え込みの影でセックスをしているのだ。



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