温泉旅情 2


(2)
「そんな虚しいことできるか」
「べつに、虚しくないだろ」
「男ひとりで温泉旅行なんて、虚しい以外の何でもない」
だいたい、碁も卓球もひとりではできない。美人女将に余計な勘繰りをされるのも
ごめんこうむりたい。
「ひとり?」
ヒカルに怪訝そうな視線を向けられる。口調は急に不機嫌なものになっていた。
「ひとりじゃないだろ」
「誰と行くっていうんだ」
俺が仕事以外で密に付き合っている人間はそういない。その中に、温泉に行こうと声をかけて
着いてくる酔狂な友人は思い当たらなかった。
「あのさ、オレとじゃ、嫌?」
聞き流してしまいそうな小さな声だったが、その響きは真剣だった。
視線を落としてヒカルを見る。すぐに俯かれたのでその表情はわからなかったが、
彼の耳は赤くなっていた。
「もしかして、誘われていたのか?」
「そうだよ、気がつかなかった?」
非難するようにヒカルが言う。けれど、その口調は柔らかかった。
「察してよ。相手の心を読むのも商売のクセに、こういうところはてんでダメ」
それはお互い様だろうと思う。
「思いつきでも冗談でもないんだ。ずっと誘おうと思ってたんだけど、
 うまく言いだすタイミングがつかめなくて。
 でも、本気だよ。誘ってるんだ。温泉、行かない?」
照れているのを隠すように、彼が早口でまくしたてた。
「ひとりで行ったってつまんないじゃん」
ヒカルが、急に顔を上げる。
「・・・ていうかさ、それは口実で、一緒に行きたいんだ、オレ」
彼が無意識でする、縋るような視線は、可愛らしい小動物のそれに似ている。
「緒方さんと」
不安そうに見つめるその顔から、目を逸らすことができない。
「ダメ?」
上目遣いに首を傾げて、甘い口調でねだられれば、逆らう術などもうどこにもない。
頷く代わりに、彼の桜色をしたやわらかな唇にくちづけた。



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