うたかた 2
(2)
「進藤、お前目ェ赤いぞ?どうしたんだ?」
毎週土曜に和谷のアパートで行われる、若手プロたちの研究会。検討の途中でヒカルは少しぼんやりしていたようだった。
「えーと…、き…昨日、徹夜でゲームしてたら目が腫れちゃって…。」
少し苦しいかな、と思いながらも何とかごまかす。
「おいおい、なに無茶してんだよー!!」
和谷が、しょうがないやつだと苦笑した。
その後も幾度となく注意を受けるヒカルに、和谷は段々本気で心配になったらしい。研究会がいつもより早く終わるように取り計らった。
家まで送ってやると真剣に言う和谷に、その都度平気だと笑って断った。和谷のアパートを出て、独り歩き出す。
────どうして今更、佐為の夢を見るんだろう…。
自分はもう乗り越えたと思っていた。
(佐為はオレの碁の中にちゃんと居るんだから、大丈夫。)
呪文のように唱える。こうやって自分を安心させようとするそれは、伊角との対局のあと身に付いた術(もの)だった。
(……ダイジョーブ…)
つま先に視線を落としながら、あてもなく彷徨う。素直に家に帰るのは嫌だった。いま閉鎖的な空間に入ると、気分がますます滅入ってしまうような気がした。
この心を反映したかのように、どんよりと暗く潤った空が、ついにぽつりと雫を落とす。
「あー…降ってきちゃったか…。」
一つ溜息をついて傘を広げる。今日は少し肌寒い。これ以上外にいても風邪をひくだけだということは、わかっていた。
(そういえば…)
傘がワンタッチで開くのを見て、佐為が大騒ぎしたことがあった。
不意に目頭が熱くなり、慌てて頭を振ったその瞬間────
「うわっ!!」
いきなりすさまじい風が吹いた。傘が全身でそれを受けて、あっという間にヒカルの手から離れる。
宙を舞って車道に落ちた傘を見留め、急いで拾いに行ったヒカルの目には、右から迫り来るバイクの姿は映っていなかった。
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