望月 2 - 3
(2)
そんな話をする間にすぐ目当ての店に着いた。小ぶりなケーキを買って、アキラの家に向かう。
「これでようやく2次予選だ。早く桑原先生から本因坊のタイトルとりてェなぁ。」
「それにはまず2次予選と3次予選を突破して リーグ戦でボクに勝たなきゃならないぞ。」
気負いこんで話すヒカルに、アキラがやさしくいさめた。
「ヘヘッ。若獅子戦で優勝をオレにさらわれたのは誰だったっけ。」
「あれは、キミが左辺で内からノゾいたりしたから…。あんな悪手、普通なら左下辺全部持って
いかれるところだ。」
「ヘッヘッ。でも、お前、受け損なったじゃないか。なに言ったってダメだね。次も勝つさ。
勝って桑原のじーちゃんに挑戦だぁ。」
ますます調子付くヒカルにアキラは苦笑していた。
「去年、本因坊戦の第7局、山形であったんだけどさ、オレ、時計係やったんだ。慣れてなくて
大変だったんだけど。そんなことより、タイトル戦すぐそばで見てて、すげーワクワクした。
タイトル賭けた空気がピーンと張り詰めてた。それで2日あるからジックリ考えて、厳しい手
打ってくるんだよ。オレも早くこんな風に打ちたいって思った。
桑原先生、対局中ブツブツ独り言言ったり、扇子でバタバタやったり、なんかおかしーの。
緒方先生、調子狂わされてさ。
でも、逆転の勝負を決めた桑原先生の8三にハネた手はスゴいなと思ったよ。コワくてなかなか
打てない手だった。」
ヒカルは空を見上げながら、タイトル戦挑戦の夢を語った。
棋院を出る頃にはまだ明るさが残っていたのに、すでに辺りは暗くなり始め、空には丸い月が
昇りかけていた。
(3)
足早に塔矢邸に向かった二人は、家を前にして立ち止まり、顔を見合わせた。
門灯が点いていたのだ。
家の中からもほのかに明かりが洩れている。
両親は台湾に滞在中で、家はアキラひとりのはずだった。
「お父さんたち、帰ってきたのかな。」
アキラは少し慌てながら門を開けた。
果たしてアキラの両親が帰宅していた。
「あぁアキラさん、お帰りなさい。」
奥から母の声が聞こえてきた。
あーあぁと失望を隠せない顔で二人はもう一度目を見交わして、家に入っていった。
「あら、進藤くんね。いらっしゃい。お夕飯用意しているところだから、食べてらっしゃい。」
「予定、変わったの?」
失望のそぶりも見せずにアキラが尋ねた。
「そうなの。お相手の棋士のスケジュールが変わったので、早めに帰ってきたのよ。」
「お父さんは?」
「今、お風呂に入っているわ。」
ヒカルはそばに立ったまま、アキラと母の会話を聞いていた。せっかくの誕生日だったのに…。
早く帰ったほうがいいのかな。ガッカリした。
アキラの母、明子が目敏くケーキの箱に目をとめた。
「アキラさん、それなぁに。いいもの持っているわね。ふふ、甘いもの、苦手じゃなかった
かしら。」
「あの、えっと、これは、きょう進藤が誕生日で、それに、本因坊戦の1次予選を突破したから、
お祝いに買ったんだ。」
「まぁ、それはおめでとう。私たちも一緒にいただいていいのかしら。」
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