失楽園 2 - 3


(2)
――アキラくんは、オマエを満足させられたか?
緒方に喉の奥で笑いながら問われ、ヒカルはギクリと身体を震わせた。
「………」
ヒカルは一度小さく口を開き、だが言葉を紡ぐことは適わなかった。
アキラの存在は未だヒカルの最奥でジクジクと燻りつづけている。
「まァ、オマエもアキラくんを満足させられはしないだろうから、お子様同士
せいぜい乳繰り合って楽しむんだな」
ヒカルは首を振った。この男の言うことは訳が判らない。
満足したとか、させたとか、あの時の行為はそういう次元の問題ではなかった。
立ちすくむヒカルを一瞥すると、緒方は興味を無くしたように肩を竦め
備え付けの灰皿に煙草を捻じ込んだ。磨き抜かれた革靴を鳴らしてヒカルに
背を向ける。
「――ああ進藤。一つアドバイスをしてやろうか」
…と、緒方は立ち止まり、ヒカルを振り返った。
「いらねェよっ」
緒方の言葉は、悪い毒を孕んでいるような気がしてならない。ただでさえ混乱した
自分たちの関係が更に思ってもみなかった方向へ行くような――そんな予感に、
ヒカルは両手で自分の耳を必死に押さえた。
「まぁそう言うな。アキラくんは背中が弱い。特に左側を攻めてやれ。……ただし、」
緒方は口の端を僅かに上げ、色素が極端に薄い瞳でヒカルを見据えた。
「…アキラくんの後ろに触れていいのはオレだけだ」
その瞬間、緒方の視線に心臓を射抜かれたかと思った。


(3)
「な……に、言って……」
ヒカルは震えだした足を叱咤した。昨日の今日である。あまり体力も回復しては
いなかった。自分の体を抱きしめるヒカルを緒方は目を眇めて見下ろす。
「まあ、アキラくんで物足りなくなったら、オレが相手になってやる」
肯定も否定もできず、ヒカルはただ、首を頑なに振り続けることしかできない。
「――それに、」
何がおかしいのか、緒方は喉の奥で笑う。
「たまには3人でするのもいいかもしれん。その気になったら言えよ」
一方的にそう言うと、緒方は靴音を響かせてエレベーターに向かう。
俯いたヒカルの視界には、赤い煙草の箱だけが映っていた。

(もしかしたら塔矢は、緒方先生と――?)
どれだけ打ち消そうとしても、消えていかない疑惑。アキラは明らかに男同士の
性行為に慣れていた。生殖器に触れることに羞恥も躊躇いもなかった。
そして数分話しただけでも緒方のアキラに対する執着は見て取れた。
2人の間にあるであろう情事を、緒方は隠そうともせずにヒカルに言い放ったのだ。
もしかしたら、などという曖昧な言葉は要らない。
十中八九、そうであることは間違いないのだ。
自分をあれだけ強く求め、強引に体を繋いだアキラが他の男に抱かれている姿は
ヒカルの想像を超えていたが、相手はあの緒方だ。プライドの高いアキラを
上手に甘やかし、蕩けさせ甘い声をあげさせることなど容易いことなのだろう。
「……チクショウ……!」
ヒカルは立ち尽くし、長身の男が消えた先を睨むことしかできなかった。



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