初めての体験+Aside 2 - 3
(2)
電車に乗り込み、ドアの付近に立った。
社は、ヒカルに初歩の質問をした。
「塔矢の家は、こっから遠いんか?」
「近いよ。」
ヒカルは即答した。が、
「――――って、オレも初めて行くんだけどさ。」
と、付け足した。
それは、ないやろっ!と、ツッコミそうになったが、やめた…。ヒカルが、初めてだと
言うのなら、初めてなのだろう……。そういうことにしておこう。
会話が途切れた。社は何となく窓の外を眺めた。外は真っ暗で、景色はまるで見えない。
ガラスに自分とヒカルの姿が映っている。ヒカルの身長は、前と同じ社より頭半分小さい。
車内は少し混み気味で、二人の身体が密着…とまではいかないが、かなり近くにヒカルの
顔があった。風呂に入ってから出てきたのだろうかシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
ヒカルの柔らかそうな髪に触れたくなった。いや、“柔らかそう”ではなく“柔らかい”のだ。
自分はそれに触れたことがある。髪以外にもいろんな場所に触れた…。ヤバイ…思い出したら…。
ヒカルが不思議そうに社を見つめる。自分の状態をごまかすために別の話題をふった。
「な…なんか食いもんの匂いがする…」
ちょっと苦しいか。あまりにも不自然な会話の流れだ…。
「ああ、コレ。お母さんに持たされたんだ。みんなで食べなさいってお弁当。」
ヒカルが屈託なく答える。唐突な質問にも何の疑問も持たなかったらしい。
それより、社は感動した。ヒカルは結構口が悪い。礼儀も作法もまるでなっていない。
可愛い外見とは裏腹の、そのギャップが堪らなく可愛いのだが、言葉の端々に育ちの良さが伺える。
育ちが良いとはこの場合、いわゆる名家とか良家とかではなく、温かい普通の家庭で
大事に育てられてると言う意味である。
『ハァ〜やっぱり進藤や…“お”母さんに“お”弁当やて…』
自分の周りの連中と比べてみる。男も女も「オカン」「ベントー」だ。
人目も憚らず、抱きしめて頭をグシャグシャに撫で回したい衝動に駆られた。
(3)
駅に着いたとき、ヒカルが社に言った。
「塔矢の家、ここからちょっと歩くんだ。」
初めての割に妙に、詳しい…などというツッコミはいれない。ヒカルは地図を片手に先に
立って歩き始めた。ヒカルは地元だし、地図を見ただけで大方の距離がわかるのかもしれない。
スタスタと歩くヒカルの後ろをゆっくりついていく。気のせいだろうか…。何か民家が
少ないというか…裏通りっぽい気がする。それでも社は黙ってヒカルの後を歩き続けた。
自分にとっては初めての土地だし、ちょっと違うんじゃないかと思っても口に出すことは
しなかった。何より、ヒカルと二人きりだと思うだけでドキドキする。しかも、夜道。
“ちょっと”どころか“ かなり”歩いた頃、ヒカルがぽつりと言った。
「迷った……」
ちょっと待て!夜とは言え、何度も来た場所(ヒカルは初めてだと言っているが、
たぶんウソ)で、しかも地図まで持っているのに…?もしかして、進藤って方向音痴?
『メッチャ、可愛い〜』
外見が超可愛くて、碁がめっぽう強くて、それなのに方向音痴。
―――――アカン…!ますます好きになってしもた…。
ヒカルがちょっと困ったような表情を浮かべている。
「あ…オレ、携帯もっとるで!何やったらコレで塔矢の家に電話……」
社は最後まで言えなかった。ヒカルが弁当を持った手とは逆の手を社の項にかけた。
そのまま、自分の方に引き寄せて軽く口づけた。
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