Shangri-La第2章 2 - 4


(2)
アキラは言葉を失ったまま、ただその赤さだけを見ていた。
昨晩の出来事がまざまざと甦った。
―――そう、そんなつもりじゃ、なかったんだ…


(3)
最近のヒカルはとみに忙しくしていて(母親の治療代稼ぎとアキラは聞いていた)
アキラは碁会所に居る時間が長くなっており、必然的に緒方と打つ機会は増えていた。
その日は長考が多く、少し時間がかかってしまい、
市河を先に帰して二人で戸締まりをした。
「アキラ君、食事でもどうだ?どうせ家に一人なんだろう?」
という緒方の言葉に誘われ、アキラは遠慮なく食事につきあった。
緒方が家まで送ると言ったが、アキラは海が見たいとドライブをせがんだ。
理由は何でも良かった。ただ、一人になりたくなかった。

このところ、ヒカルとは電話では毎日のように話したが、
直接顔を合わせることは手合日以外では全くなくなっていた。
ヒカルにはヒカルの事情がある。仕方ないのだと分かっていたつもりだったが
それも期間が長くなるにつけ、どこか納得しきれないものになっていた。
やり場のない気持ちがアキラの中で渦を巻き、出口を求めて荒れ狂う。
そして、アキラ自身の外面の良さが、その嵐に拍車をかけた。
外で穏やかに見せれば見せるほど、激情は増幅されていく。
自宅で一人、迎える夜がイヤだった。宵闇は、感情の制御を失わせる。
時に、雨戸を閉め切り布団をかぶって金切り声をあげ続け
その行為で辛うじて『何か』を吐きだしていたが、全てを出し切ることはできず
本当にどうしようもない『何か』がアキラの中に鬱積していた。


(4)
緒方とは何も話さなかった。ただ二人黙って暗い海を見ていた。
隣に誰かがいる。それだけでアキラには十分だった。
だから、帰ろうという緒方の言葉にどう反応していいか分からなかった。
ならば場所を変えよう、と促され、結局アキラは緒方の部屋に上がった。
緒方が出してきた、過去に飲みつけたミネラルウォーターのボトルを
アキラは黙って受け取った。
「緒方さん、ちょっと肩を貸して貰えますか」
返事を待たずにアキラは緒方の隣に座り、ボトルの蓋を開けて
半分くらいを勢い良く喉奥に流し込んでから、ゆっくり緒方に凭れ掛かった。
緒方の膝に手を置くと、ほどなくして緒方の手がアキラの頭に乗せられた。
その手の温かさと重みに安心して、アキラは目を閉じた。



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