浴衣 2 - 4


(2)
僕自身は応えたつもりでいるんだが、どうも…進藤は言葉が欲しいらしい。
だけど、進藤だってはっきりと「好きだ」と言ったわけじゃないんだ。
……いや、気持ちは十分伝わっている。でも、「好きだ」と言われてもいないのに、「好きだ」と僕のほうから言うのは、どうも気恥ずかしい。
それに、忙しくてゆっくり顔を合わせるひまもなかったんだ。
棋院で顔を合わせた折、近況を伝えるついでに「好きだ」と言うのか?
それはいくらなんでも即物的だと、僕は思う。
そういう事情を進藤にわかって欲しいのだが、彼はどうやら待ちの姿勢で。
物欲しげな表情で、僕を盗み見るのはやめて欲しいものだ。
以前は頻繁に電話を掛けてきたくせに、この一ヶ月ほとんどなかった。
おかげで、久しぶりにこちらから電話を掛けたんだけど……、受話器を置いて思ったことは、早々に携帯を買おうということだった。
後ろめたいわけじゃないが、居間と廊下では距離があったけど、両親が寛いでいるすぐ近くで進藤と話すのは、なぜだか酷く緊張したんだ。

「アキラさん、悪いけれど、帰りに朝顔の鉢を買ってきてくださる?」
「お安いご用ですよ」
碁笥に石をかたしながら答えると、母は赤紫がいいとはしゃいで言った。
「一応お夕食の支度もしてあるから、向こうであれもこれもと召し上がらないでね」
あ、くるなと思ったら、案の定母がころころと笑い声を立てる。
「聞いてくださる? 進藤君」
「はい?」
「アキラさん、凄い欲張りなのよ」
「お母さん!」
「門下のお兄さん方に連れられて、お不動さんに行ったのは2年生のときだったかしら?」
「しりません」
「アキラさんたら、林檎飴にアンズ飴にわた飴にべっ甲飴、あとなんだったかしら。そうそう、薄荷パイプ! その上金平糖もあったわね。目が欲しがるのね。飴ばかり買っていただいて。そのあとだったわね、歯医者さんに通ったのは」
一息にそれだけ言うと、おかしそうに目を細めて笑う。


(3)
「あれは!」
僕は思わず声を荒げていた。
「芦原さんたちが買ってくれたから、残したらいけないって、つい!」
プッと進藤が吹き出した。
「塔矢ぁ、聞いてるだけで胸焼けしそうだ」
そこで母と声を合わせて、朗らかに笑う。
「なにがそんなにおかしいのかね」
僕の座っている場所からは姿が見えなかったが、廊下に膝を吐き襖に縋るようにして笑っている母の後ろから、父の声がした。外出から戻ったんだ。
「お、お邪魔しいます」
進藤が、慌てて居住まいを正した。
「ああ、誰が見えているのかと思ったら、君か。久しぶりだね」
「ご無沙汰しています」
襖を大きく開けにこやかに笑いかける父を見ると、進藤はきっちり頭を下げた。
「今日は?」
父が、僕と進藤、交互に視線を向ける。
「たまたま休日が合ったので、お不動さんの縁日に誘ったんです」
「8月の例祭か。それでは、ちょうどよかったな」
父はそう言うと、風呂敷包みを母に手渡した。
「銀座の錦屋によったら、ちょうど出来あがってきたところで、預かってきたよ」
「あらいやだ、あなたを使うなんて、錦屋のご主人に文句を言わなくちゃ」
「やめておきなさい。今日はご隠居さんが見せにいらしてね、久しぶりに打ってきたんだ。
ご隠居さんが、おうちで坊ちゃんが楽しみにしているからと、持たせたんだ。若主人はその後ろでおろおろしていてね、可哀想だったよ。その上、おまえに文句を言われては、立つ瀬がなかろう」
「それもそうですね」と言いながら、母は僕たちの前で風呂敷包みを開いた。
「浴衣だ」
進藤が、明るい声をあげる。


(4)
「アキラさん、折角お父様が持ってきてくださったんですもの、着ていったらいかが?」
「え、でも…」
僕はチラッと進藤を盗み見た。しかし、進藤は子供のように目を輝かせて、黒と紺の浴衣を眺めている。残念ながら、僕のSOSに気づかないどころか、とどめを刺してくる。
「そうだよ、塔矢。着てみろよ」
「そうだわ、進藤君。あなたも着てみない? アキラのが他にもあるのよ」
「いや、俺…じゃない僕は普段和服着なれてないから……」
慌てて手を振り断る進藤に、父まで微笑んでいる。
彼がいるだけで、賑やかになる。
それは、進藤の持つ独特の空気なんだろうと、僕は思う。


6時半までに帰っていらっしゃいという母の声に送られて、僕たちは家を後にした。
角を曲がり大通りにでると、進藤が尋ねてきた。
「暑くないか?」
「浴衣?」
「うん」
「君に比べたら、暑いだろうね」
嫌味を聞かせる。
だってね、進藤はアロハにハーフパンツだよ。僕より暑いはずがない。
僕の嫌味に、進藤は困ったように片頬だけで笑って見せた。
「凄い似合ってる」
まいった。
進藤は言葉を惜しまない。
彼が誉めているときは、心から誉めているんだ。
「あ……、ありがとう」
僕は口篭もってしまった。女の子じゃないんだから、着てるものを誉められてもね。
似合うといえば、今日の進藤の格好も似合っているというか、彼らしいというか。
赤いアロハは、白い花の模様が涼しげで、そのなかに着ているTシャツは真っ白で清潔感があった。



TOPページ先頭 表示数を保持: ■

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル