平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 20
(20)
どんなに深く肌を絡ませても、結局自分とヒカルは別々の人間なのだ。どんなに
その体を貪り、その時だけはひとつになれたように思えても、今は――こんなに
遠いではないか。
なぜ、ひとつになってしまえないのだろう。こんな肌寒さを感じることなどない
ほどに。
林の中に朝日が差し込んできた。
明るい陽の光が、ヒカルの肌を照らした。
それまでは判らなかったが、はだけられたその肩に昨日の名残の口付けの痕が、
点々と薄く紅色に散っているのが見て取れた。
その事がたったひとつ、昨日、自分の腕の中にいた人物と目の前で太刀を振る
人物が同じであることを示すよすがだった。
ヒカルが手を止めて太刀をおろした。
こちらを見る。
そして、初めて佐為の存在に気がついたようだった。
「なんだ、いたのかよ」
太刀を鞘におさめ、歩いてくる。
「いつもの半分も打ち込めなかったよ」
苦笑いのような、照れたような複雑な表情を浮かべるヒカルに、理由は訊けなかった。
昨日の無理が腰にきて辛いのだとわかっていた。二人で肩をならべて黙って庵に戻る。
歩きながら、はだけた肩の着物を元にもどすヒカルの所作が奇妙になまめかしい。
途中、ヒカルが厩によって自分の荷物をほどき、朝食を取ってきた。干し物ばかりの
質素なものだ。雉かうずらか取ってこようかなぁと、ヒカルがつぶやいたが、
あいにく弓を持って来ていなかった。
食欲を満たすと、次に頭をもたげたのは性欲だった。
先程、垣間見たヒカルの肌の上に散る、名残りの花びらの赤さが目の前にちらついた。
ヒカルの着物をはだけて、その、今は慎ましやかぶっている肌を、思うさま乱したい
ような、残酷な気分になっていた。
慌てて立ち上がる。
「ちょっと外に出てきます」
|