ピングー 20
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彼にはだぶだぶの青いシャツを着せ、歩くのも辛そうなのを助けて、食卓につかせる。
「いってぇ……」
涙目で訴えられた。座ると一番つらい場所に負担がかかるらしい。なるほどと思い、
バスタオルを二枚畳んで、座布団変わりに椅子にしいてやった。
「おまえんちの電話番号教えろよ。親に言い訳しといてやるから」
まだ、どこか茫然とした表情の進藤ヒカルに、マーガリンを薄くぬったパンを挿しだし、
緒方は電話の受話器に指をそえた。
まだ半渇きのぼさぼさの髪のままパンをかじるヒカルは、どこからか拾ってきた子猫の
ようで、意外と愛らしい。
「あ、もしもし、朝早くに申し訳ありません。緒方と申しますが……はい、ヒカル君の
ことで……いえ、迷惑など……こちらが強引に食事につきあわせてしまいまして、遅く
なってしまったので……とんでもありません。夕べのうちに電話をお掛けできればよかっ
たのですが、こちらも気がつきませんでした。ええ。まだ寝てますよ。分かりました。
昼過ぎには帰るように言い聞かせて……いえ、どうかお気遣いなく……」
小さな電子音とともに、緒方の指が通信を切った。
沈黙が、ダイニングに落ちた。
「先生、なんであんなことしたの?」
「何故、そんなことを聞くんだ?」
「先生が俺に、さっき、そう聞いたんじゃん!」
「考えてみろよ、自分で」
「…………」
「俺のこと好きだから?」
緒方は口に含んでいたコーヒーを、噴き出しそうになった。
いや、確かに自分がヒカルの口から最終的に引きだしたかったのはその言葉なのだが、
こうも簡単に出てくるとは思わなかったのだ。なんというか、もっと、こう、辿り着く
までに紆余曲折の会話があってしかるべきではないだろうか?
自分を有無を言わさずにレイプした、しかも同性の人間にどうしてそうも、ストレートな
答えがでてくるんだろうか?
もしかして今時、sex=愛情を頭っから信じているのだろうか? まさかな。
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