社妄想(仮) 20
(20)
身体が動かない。
ヒカルはぼやける視界に、社の残していったカッターナイフを見留めた。
対局自体も楽しみにしているのだと言った彼は、ヒカルの身体を散々嬲った後に
ヒカルの手の届く範囲にそれを転がして、立ち去った。
スライド式のそれなら、後ろ手にでも割と安全に縛っているものを切れる。
ヒカルは下肢に力を込めないように、ゆっくりと身を起こした。
下半身にはまるで何も身に着けず、上半身も酷いはだけ方で、今他人に見つかったら
何と説明しようと、ヒカルは他人事のように思った。
視界が涙で滲む。
こんな事をしている暇は無いのに。
早くしないと不戦敗になってしまうと分かっているのに。
身体はいう事をきいてくれない。
喉から嗚咽が込み上げてきた。
その時。
ばぁん、と大きな音がして、一瞬後に「進藤!」という声が聞こえた。
「進藤、いないのか?」
確認するような声に慌てて応える。
「こ、ここ……ここに、いる……っ」
ヒカルが居たのは、ドアからは死角になっていて見えない場所だった。
勿論ヒカルからもドアから近付いてくる人物が誰かは確認出来ない。
だが、姿を見るまでもなく相手が誰かは解っていた。
物陰からその顔が覗いた時、心底安堵したようにヒカルは深い息を吐いた。
「塔矢……」
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