トーヤアキラの一日 20 - 21
(20)
目の前に会いたくて仕方なかったヒカルが居る。嬉しそうに目を輝かせて碁の話を
している。ヒカルが喋る度に、食べる度に、飲む度に動く口と喉仏。それを見ている
だけで、体中の毛細血管がはちきれそうなのに、ヒカルの口から意識せずに発せられる
言葉の数々に、アキラの心は完全に翻弄されていた。
───怒ってるわけがない。その逆だ。お願いだから、もうそれ以上ボクが舞い上がる
ような事を言わないでくれ。
「あ、うそ、やっぱり怒ってるじゃん!!お前のその目を見るの、久し振りだよな・・・
真剣な目って言うのか、怒ってるみたいって言うのか。その目に引きずられてオレは
プロになったようなもんだからな、ヘヘヘ」
アキラの中で感情の堤防が決壊して、伝えるつもりの無かった言葉が自然に飛び出す。
「進藤!キミが好きだ!」
「?へ?」
「キミが好きだ!」
「な、なんだよ!いきなり!!驚かすなよ!もー、心臓に悪いんだよっ、塔矢!!」
ヒカルの怒鳴り声で我に返ったアキラは、前のめりになっていた体をゆっくり椅子の
背もたれに動かす。そしてヒカルを見つめたまま、今度は落ち着いてゆっくりと言う。
「ごめん。でも本当の事なんだ・・・・。キミが好きだ、進藤」
「ちょ、ちょっと待て!塔矢。落ち着け!・・・・どうしたんだ?」
「ボクは落ち着いてるよ。・・・・キミの事が好きなんだ。」
「・・・・・、あのさ、それはさ、友達としてだろ?」
「そうじゃない。友達としてなんかじゃない。プロ仲間としてでもない。ライバルの
一人として好きなわけでもない。・・・・キミに恋愛感情を持っているということなんだ」
「・・・・・・・、塔矢・・・・」
ヒカルは驚きで、大きな目をさらに見開いてアキラを見る。アキラは黒い大きな瞳を
真っ直ぐにヒカルに向けて、視線で訴えかける。
(21)
アキラは、この一ヶ月の自分の気持ちをとつとつと語った。
「キミが碁会所から出て行った日から、キミの事ばかり考えていた。キミに会いたい、
キミと話がしたいって。・・・・・キミと会って碁の話が出来ない事が、これ程辛いとは
思わなかった。・・・・・こんな気持ちになったのは生まれて初めてだったから、すぐには
分からなかったんだ。・・・・・でも、キミの事が好きだと気付いた。・・・・・今日キミに会えて
話が出来て本当に嬉しい・・・・・。進藤、キミの事が好きだ」
心臓は相変わらず高鳴っていたが、告白する事で感情を吐き出したためか、気持ちは意外に
落ち着いていた。話しながらも、ヒカルの表情を一瞬たりとも見逃すまいと、ヒカルの
顔から視線を逸らすことはしなかった。
最初ヒカルは、驚きの表情で話を聞いていたが、そのうち真剣な表情に変わった、そして
徐々に何かを考えているような困惑した表情になった。
アキラが話し終わると、暫くの沈黙の後、
「オレ、どうすればいい?告白された以上、返事をしないといけないんだよな?」
そうヒカルが聞く。アキラは少し返事に詰まったが
「キミの気持ちを聞かせて欲しい」
と身を乗り出して言うと、ヒカルは
「考えてみる」
と言って、さっさと先に店を出て行ってしまった。
そのヒカルの後姿を見送りながら、アキラは告白したことを後悔し始めていた。
今日はヒカルに会って、自分の気持ちを確かめるつもりだった。告白するつもりは全く
無かったのに、ヒカルの言葉に勝手に煽られて告白してしまった自分に腹が立つ。
話した事で、アキラ自身はある意味スッキリしたが、重い気持ちをヒカルに押し付ける
結果になってしまったかも知れない。
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